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言葉、人間関係。エクアドルでの初めての駐在生活を振り返る

2023年5月8日
マットン美貴子 (エクアドル)

やっぱり遠い?日本の存在

日本の多くの人が南米の地理をすぐに思い浮かべることができないのと同様、エクアドルの人もアジアの地理には疎いのかもしれない。

この間、美容室で担当美容師が若い同僚を話題に出し、「あの子、日本のアニメが好きなのよ。そしてこの間、韓国人の友達ができたんだって」と、一瞬「?」と考えてしまうことを言ってきたり、別の運転手には「中国と韓国と日本の違いはなんだ?言葉一緒じゃないの?」と聞かれたこともある。

「私はハポネサ(日本人)だよ」と何回か言っているが、里帰りから帰ってきた際には、「チノ(中国)はどうだった?」と聞かれた。

グアヤキルにはアメリカのように大きなアジアンタウンはない。ダウンタウンに中華系のお店が集まった一角がある程度だ。隣国のペルーやボリビアに比べて日本人移民も沢山はいないので、違いがよくわからないのかもしれない。

そういう背景もあってか、買い物した時にレジで「謝謝(シェシェ)」と言われたり、「私の名前はミキコだよ」と言っているにも関わらず、なぜかセニョーラ・チャンと呼ばれたこともある。

興味がないのか?気にしてないのか?もしかしたら私は近所で謎の東洋人と思われているかもしれない。

 

彼らの中に私の記憶はどう残るのか?

グアヤキルは正直、美しい街ではない。最近は犯罪も多いし、地元の人でも外出する時は気を付けているくらいだ。

でも、目立ったキラキラ感はないにしろ、時折見える、そこに生活する人たちや暮らしぶりもユニークで、私の興味はずっと尽きることはなかった。

あと数カ月はエクアドルにいる予定だが、もうすぐこの土地を去る身の私としては毎日ここで体験できること、出会う人たちに感謝しかない。

夫の同じく海外転勤組の同僚が、ずっと前に駐在を終えて帰国する際に催されたパーティーで、「赴任を終えて帰る時に一番離れがたいと感じてしまうのは、現地で知り合った人たちだ」とスピーチで言っていた。

その時はお決まりのフレーズのように感じながら聞いていたけれど、「本当なんだ」と今は実感している。謎の東洋人と思われているかもしれないことに対しても、ユーモアしか感じない。

きっと空港に向かう途中に、二度と見ることのない景色や関わった人たちを思い出して涙ぐんでしまうかもしれない。

私がいなくなった後、少しでも「うちの店によく来てた、あのハポネサ(日本人)元気かなぁ」と一瞬でも思い出してくれたら嬉しい。

Written by マットン美貴子

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