通訳の仕事の中で、仕事内容について一番多く質問されるのが「映画現場での通訳」です。特に映画ファンの方は大変興味を持ってくださいます。
そこで今回はこのスペースをお借りして、裏方である映画現場の業務内容についてご紹介しようと思います。
一口に通訳といっても、映画制作にはたくさんの人間が関わるため、仕事内容は多岐に渡りますが、今回はキャスト(俳優)サポートの仕事について書くことにします。
これは日本人キャストが北米に来て撮影をする際に、通訳兼身の回りのサポートをする仕事です。キャストの中には英語の意思疎通がまったく問題ないという方も多いです。
しかし、日本と北米の映画撮影のプロセスには違う点が多々あります。
また、日本ではキャストの身の回りはマネージャーが面倒を見る習慣がありますが、北米では契約上ほとんどの方に単身で来てもらいます。
「慣れない生活でお芝居に集中できない」という事態を避けるためにも、制作会社の一員として、言葉以外のサポートをして不安を取り除く役目を果たします。
通訳の仕事は撮影のずっと前から始まります。
オンラインでのキャストと監督との打ち合わせ、他のキャストとの台本の読み合わせ、渡航前のオリエンテーション等の通訳を何か月もかけて行います。
そして、キャストがこちらに渡航する日から仕事量は一気に増えます。
到着日は入国管理局からビザに関して緊急に通訳要請が入る場合もあるので、その時間帯に他のキャストのサポートに入っていたとしても、すぐに動けるようにスタンバイをしておきます。
撮影を控えたキャストには、「契約」というイベントが待っています。
北米では契約は重要な意味を持つため、撮影前に必ずキャスト本人に契約書にサインをしてもらうことになっています。
「撮影後」に「事務所が」契約をするという日本のプロセスとは大きな違いがあるので、こちらも時間をかけて通訳や説明の手伝いをします。
そして、やっと撮影当日を迎えます。現場にキャストが到着する時からその日の仕事が始まります。
キャストが送迎車から降りた時点ですぐに通訳に入りますが、必要な場合は宿泊先から一緒に車に乗り、車の中でその日のスケジュールの確認や台本読みの練習に付き合うこともあります。
撮影前のヘアメイクや衣装フィッティングの通訳をし、準備後すぐリハーサルに入るのか、こちらで楽屋となるトレーラーに戻って待機するのかを、常にトランシーバーで他のチームと共有しキャストに報告します。撮影現場のOKが出次第、リハーサル、撮影に入ります。
撮影中の通訳は、皆さんのご想像通り、基本的に監督とキャストの意思疎通になります。
ワンシーンを撮影する際、色々な角度から撮るため、その度にカメラや照明の位置の移動を待ちます。そのためキャストの待ち時間は大変長く、その間に必要な食事やドリンクのオーダーの通訳も行います。
時には現地のスタッフも翻訳アプリを使いながら、日本人キャストと会話をすることもあります。
そういった光景はとても微笑ましく、やはりスタッフと直接コミュニケーションをするのがベストです。そのような時はヘルプの合図が出るまで少し遠くで見守るようにしています。
撮影が長くなった時も、キャストがメイクを落とし、衣装を着替え、サインアウトをして迎えの車に乗るまでは通訳に付きます。
こちらでは基本的にプライベートと仕事は別ですので、キャストが宿泊先に戻った後のプライベートの買い物等の通訳はしませんが、お店の方と会話ができない時や体調が悪い時の相談などの緊急時には電話がかかってくるので、撮影期間中は常に連絡が取れるようにしています。
この仕事で一番神経を使うのが、インティマシーコーディネーター(IC)とキャストのミーティングの通訳です。
ラブシーンの撮影が控えている場合、ICとキャストは綿密な打ち合わせを行います。台本の内容や動作のタイミングの確認、衣装、そしてかなりシリアスでコンフィデンシャルな内容も打ち合わせには含まれます。
通訳は立場上中立でいなければいけませんが、この時ばかりはできるだけ心はキャストに寄り添い、キャストのリクエストをICにすべて伝えられたか、不安はないかを何度も確認します。
このようにキャストはすべての部署とのやり取りがあるので、サポート業務はとにかく忙しいです。
ずっと装着しているトランシーバーの内容は、うるさい現場ではかなり聞き取りにくく、業界用語が飛び交うので慣れるまでにかなり苦労しました。
それでも素晴らしい方たちと仕事ができて、しかもその作品が後世にまで引き継がれていくのだと思うと、本当にやりがいのある業務です。
毎回撮影前のキャストの緊張は私にもひしひしと伝わってきますので、できるだけリラックスしてもらえるように、邪魔にならないように通訳兼サポートをすることを心がけています。
Written by ファンフェーン庸子(カナダ)