黄金色のサフランパンとスパイスクッキー、ストックホルムのベーカリーにて
クリスマスシーズンの北欧の街はとても賑やかです。特にスウェーデンでは、イルミネーションに加えて黄金色をしたパンが溢れ、明るさを増しています。
我が家の夫も見かけると買わずにはいられないというそのパンですが、理由は何よりも見た目です。
たっぷりのサフランを練り込むことで表れる鮮やかな黄金色は太陽の色で、そして光の色です。
暗く長い冬を生きる北欧の人々にとって、光はやがて訪れる太陽が輝く春夏を象徴する希望の色です。
その光と同じ色を持つパンは、独特な風味とともに深く愛されているのです。
「人々が光に憧れる気持ち」、それは実際に住んで理解しました。北欧の暗さは程度が違うのです。
ストックホルムなら冬至前後の日の出は午前8時半過ぎ、日の入りは午後3時頃です。加えて太陽の位置は低く、光が分厚い雲に遮られた街は限りなくグレーに見えます。
健康な大人ですらビタミンDサプリメントの摂取が推奨される環境では、冬季うつも珍しくなく、太陽を求めて地中海や東南アジアでクリスマス休暇を過ごす人も多くいます。
北欧インテリアに温かさを感じるのは、この陰の季節(暗く寒い冬)を陽のパワー(明るい色やぬくもりあるデザイン)で快適に過ごし、心身ともに健康でいたいという生命力の表れのような気もします。
サフランパンでティータイム(左) 独特な風味をもつスパイス、サフラン(右)
高価なスパイスであるサフランは、地中海沿岸など暖かい地域原産のアヤメ科サフランの雌しべで、薬膳料理の材料や中医学的治療の薬材としても使われます。
「西紅花(せいこうか)」や「蕃紅花(ばんこうか)」など複数の名前で呼ばれ、見た目の赤色から連想される「血」と関わる不調に良いとされます。
特に月経や出産など、「血」との関わりが深い女性の月経痛や出産後の瘀血による腹痛、不眠、更年期障害など多くの症状にも使用されます。一方で、妊婦には禁忌とされています。
寒い北欧の冬に、血流をスムーズに整えるだけでなく、鮮やかな色で気持ちまで引き上げてくれるサフランパンが愛されるのも納得です。
12月13日、聖ルシア祭のルッセカット
そんなサフランパンには、スウェーデン特有のバージョンも存在します。毎年12月13日にキリスト教の聖人ルシアを称えて食べる「ルッセカット」がそれです。
普通のサフランパンは、以前ご紹介したシナモンロール同様に、紐を束ねたような形で食べ応えある重厚感ですが、ルッセカットはブリオッシュのようなふわふわパンです。
現代ではアルファベットのSに似た形が一般的で、ちょこんと鎮座するレーズンがアクセントになっています。
ルッセカットで祝う聖人ルシアは、イタリアの都市シラクサで、当時は異端とされていたキリスト教を信仰して殉教した女性の名前です。ちなみにルシアはスウェーデン語での発音で、元々はイタリア語のルチア(ルチーア)。
暗い地下墓地で隠れ住むキリスト教徒たちに食料を届けた逸話もあり、「両手に食料を持ち、頭にキャンドルをつけた」というエピソードから、北欧ではルシアのイラストやフィギュアなどはキャンドル冠をつけた姿が一般的です。
拷問で両目を失っても、ものを見ることができたルシア。
名前の語源はラテン語で「光」を意味する「Lux(ルクス)」でもあることから、北欧では「キリスト教が布教される前にあった冬至の光のお祭りと融合され、光(=希望)をもたらす聖人として愛されるようになった」と言われています。
ルシア祭は光の祭です。暗く寒い北国の冬で、人々がどれほど光あふれる季節を待ち侘びていたのかが伝わりますね。
豊富なスパイスを扱うエスビー食品株式会社のホームページにもルッセカットのレシピがありました。気になる方はぜひお試しください。
ルシア祭のコンサート 2024年12月 コペンハーゲンにあるスウェーデン教会 Gustafskyrkanにて
12月13日にはスウェーデン各地で聖ルシアを称えるお祭りが行われます。
教会でもルシアを称えるコンサートは定番で、キャンドル冠をつけたルシア姿の少女とともに、キャンドルを持った若者たちがルシアを称えて歌います。
初めてルシア祭を訪れた時に何よりも驚いたのは、ルシアを称える歌です。
それが「サンタ・ルチア」。日本人にとってはナポリ民謡として馴染み深い「あの」サンタ・ルチアなのです。
暖かいナポリのふんわりした民謡だと思っていた歌が、遠い北欧でこれほど愛され厳かに歌われているとは考えもしませんでした。
夫にとってもこの歌は特別で、聴くたびに特別な想いが込み上げてくると言います。
暗闇を照らす希望の「サフランパン」と「サンタ・ルチア」。暗いだけではない北欧の冬をぜひ体験しにいらしてください。
Written by 高見節佳(デンマーク)