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「いつかは海外で」の憧れを現実にする働き方のヒント

2025年1月20日
ブレナー真由美 (アメリカ)

憧れを現実に!本気で海外生活を目指すあなたへ

こんにちは。カリフォルニアより海外転職キャリアコーチのブレナー真由美です。

先日、日経×womanさんより40~50代の働く女性を応援するために、海外への移住や転職をテーマにした特集企画でインタビューをしていただきました。

全部読むには有料会員登録が必要ですので、世界ウーマンの読者の皆様へはまとめた内容をお伝えします。

日経×womanは、私も昔から愛読している雑誌の一つです。たくさんの尊敬する日本人女性のインタビュー記事などが載っていますので、ぜひ会員登録してみてください。

「いつかは海外で」と憧れながらも、仕事の忙しさ、家族の事情、金銭面や年齢の壁を理由に一歩を踏み出せない方は多いのではないでしょうか。

しかし、今日が人生で一番若い日です。行動を起こすのは「今」。

私のキャリア実体験をもとに、「憧れ」を「現実」に変えるヒントをお伝えします。

 

旅行先の香港に魅了され、退職を決意

私は大学時代、特に海外志向が強いわけではありませんでしたが、友人に誘われて参加した1カ月の英国短期留学が私の人生を大きく変えました。

留学後、「英国での生活をもっと長く続けたい」と考え、コベントリー市の大学に約2年半留学。ロンドン・キャリア・フォーラムに参加し、海外就職を目指しましたが、当時の新卒市場では難しく、一度日本に帰国しました。

その後、パソナに入社し、東京本社で外資系顧客向け営業を担当。順調なキャリアのように見えますが、「もっと英語を使う仕事をしたい」「海外で働きたい」という気持ちが日に日に募り、悶々とした日々を送っていました。

そんな時、留学中に知り合った香港人の友人から誘われ、香港を4日間訪問。この地の活気に魅了され、「香港で働く!」と決意。帰国後すぐに退職届を提出しました。

香港に身一つで渡り、2週間のゲストハウス滞在中に就職活動を開始。運よく日系の銀行に就職しましたが、4年後にその銀行が倒産。

次に、人材紹介会社テンプスタッフ(現・パーソルホールディングス)の香港現地法人で社長に就任しました。篠原欣子さんのビジョンに憧れ、尊敬していた私にとって、直接面接していただき、採用が決まったことは大きな転機でした。

香港人は合理的でビジネスのスピードも速い傾向があります。これが私の性格に合っていました。

香港の人は新しい上司に対してはどんな人間かを最初にジャッジすることが多く、信頼を勝ち取れば心強い味方になってくれます。また、信頼関係を築くことで強い味方を得られる環境も魅力的でした。

16年間同社で働き、現地法人の経営を担当する中で、日本への帰国を考えることは一度もありませんでした。

 

子育てを考え、米国へ移住

香港でアメリカ人の夫と結婚し、共働きしながら3人の子どもを出産・育児。住み込みヘルパーを雇える環境は共働き家庭にとって非常に助かりました。

しかし、子どもの成長に伴い、「親にとって便利な環境が本当に子どもたちにとって良いのか?」と夫婦で話し合うようになりました。

香港の高層アパート生活や外遊びの少なさを考慮し、夫の会社のサポートもあり、40代半ばで家族で米国カリフォルニア州へ移住を決意しました。

移住後の生活は文化の違いや環境の変化に慣れるまで大変でしたが、徐々にコミュニティに溶け込み、子どもたちは新しい環境でのびのびと成長。

長男も最初は戸惑いがありましたが、最終的には一家の中で一番早く現地に慣れました。

次のページ海外転職専門コーチとしての新たな挑戦

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