
オランダ・ロッテルダムにあるSC Feyenoordで4月上旬、ユースコーチ・スタッフ陣によるストライキが発生した。
公共交通機関のストライキはたまに起こるものの、サッカークラブのストライキは前代未聞。
現在息子はこのクラブに所属しており、間近に体験することとなったので、親として見た今の思いを残しておきたいと思う。
発端は2026年イースター休暇直前、ユースコーチ・スタッフ陣が理事会に対して辞任を求めた書簡だった。
そこでは、スポーツ方針や財政の不透明さ、現場の声が意思決定に反映されていないこと、そして育成環境の質の低下が指摘されていた。
数年にわたり対話を試みても改善が見られなかった結果として、ストライキという手段を選ばざるを得なかったとされている。
SC Feyenoordはアマチュアクラブでありながら、高い競技レベルを維持してきた。
ところが、理事会は安定した収益確保するために、レクリエーション志向へと転換する方針を示しているとされており、待遇や一時的な対立ではないクラブの方向性そのものをめぐる構造的な衝突があったようだ。
当初はホリデー期間で公式試合がない週だったので、影響は最小限になるかと思いきや、事態はすぐには収まらず、十分な情報が入ってこない中で落ち着かない約3週間を過ごした。
クラブはストライキに参加したスタッフを解雇し、一時的に指導者不在の期間もあったが、その後代理コーチが立てられ、最終的にはスタッフとの和解と復帰が決まり、現在は日常が戻りつつある。

トレーニングが突然中止となり、まず懸念されたのはパフォーマンスの低下だった。
通常はトレーニングが週3回、試合が週1回あるのだが、さらに個人トレーニングをしている選手も多い。
息子は高校の最終試験の準備のために家庭教師を受けているので、現在は個人トレーニングを受けてなく、週3回のトレーニングはこれ以上減らせない状態。
そこでトレーニング休止が通知されてすぐ、息子は自分でや仲間と自主トレを始めた。
また、代理のコーチが決まるまでの約2週間、チームでもできる限り自主トレを行い、チームパフォーマンスの維持に努めていた。
ただし、全員が参加できるわけではなく、指導者もいない中では内容には限界がある。急遽保護者がコーチ役を務めて臨んだ試合では、結果は敗戦だった。
それでも、不戦敗の可能性があった状況の中で試合を成立させたこと、そしてその過程で得られた気づきや深まった絆には、大きな意味があったと感じている。
日々のトレーニング、仲間との時間、コーチとの信頼関係。
サッカーは子どもにとって単なる習い事ではなく、成長の重要な一部である。その環境が揺らぐ時、影響は結果だけにとどまらない。

今回、当たり前に存在していた環境が突然失われたことで、その価値や必要性を改めて実感した人も多かったのではないだろうか。
クラブは誰のために存在するのか。
この問いに対する答えは一つではないと思う。
クラブの持続可能な運営はプレーする選手たちのために不可欠であり、地域コミュニティとしての役割もある。
ただ、忘れてはならないのは、子どもたちの成長と安心がその土台であるべきということ。
理事会の判断には経営的な合理性があるのかもしれない。しかし同時に、現場の声にも長年積み重ねられてきた経験と責任がある。
世界では戦争をしている国もあり、オランダも影響を受けて深刻な住宅不足や急激なエネルギー価格の上昇など、確実に人々の暮らしに影を落としている。
これは社会全体のバランスが脆くなっている中で起こった、一つの出来事だったのかもしれない。
最終的には、ストライキに参加したコーチたちも戻れることとなり、事態は一旦落ち着いたものの、今後の方針はまだ明確には示されていない。
今後クラブがどのようになっていくのか、一人の親として静かに見守っていきたいと思う。
Written by 藤村ローズ(オランダ)