
イタリアは税金が高い国だ。そして、レストランでは、「カードか現金か」で値段が変わる可能性がある。
とはいえ、これはいつでも誰にでも通用する話ではない。
単にイタリア語を話せるかどうかだけではなく、イタリアで社会がどう動いているかを理解している人に限られる。
先日、イタリア人の友人とレストランへ行った。お会計は75ユーロ。
会計時、店員に「現金?カード?」と聞かれた彼は、「Depende.(場合による)」と答えた。
すると、店側も彼が「分かっている側」の人間だと判断し、75ユーロだった会計が、現金払いで60ユーロになったのだ。
というのも、現金で支払えばレシートを出さずに済む。
そうなれば記録が残らず、本来であれば22%の税金として差し引かれるはずだった約16.5ユーロ分が発生しない。
代わりに、60ユーロがそのままレストラン側の手元に残ることになる。
グレーゾーン……というより、ほとんど黒なこの裏技。イタリアに来た際は、お試しあれ。

イタリアは、かなりのコネ社会だ。
以前、イタリア人の恋人に、「僕が日本に行く時、長期で借りられる物件探しに、君のお父さんの知り合いを紹介してもらえる?」と聞かれたことがある。
私は、「いや、うちの父には特別なコネはないよ。普通に不動産屋に行って、ウェブで物件を探している」と答えた。
すると、かなり驚かれた。
イタリアでは、「誰かの知り合い」というだけで割引してもらえたり、何かと有利に物事が進んだりすることが多いらしい。
紹介や人づてで物事が動く感覚は、日本よりずっと強いのだと感じる。

イタリア人は、総じて感情豊かだ。そして、そのまま感情が外に出る。
みんな本当によく怒る。そして、声もしっかり荒げる。
一度、恋人と喧嘩になった時、道端で派手に口論になったことがあった。
あの有名な、肩をすくめて手を合わせ、上下に動かすイタリア式ジェスチャーを交えながら怒るイタリア人と、黙り込み、仏頂面でそれをにらみ返す日本人。
通りすがりの人々が、みんなこちらを見ながら通り過ぎていく。
「ああ、これが噂に聞いていたやつか……」と、急に俯瞰した視点が入り、仏頂面を保つのに必死だった記憶がある。
そんなふうに、常日頃から怒り散らかしているイタリア人だが、愛を伝える熱量もすさまじい。
呼びかけ一つをとっても、「Amore(愛しい人)」「Tesoro(宝物)」「Cucciola(子犬)」「Bambina(赤ちゃん)」「Bella(美しい人)」など、実にさまざまだ。
誰かを呼ぶだけでも、このバリエーションの多さである。日本語では赤面してしまいそうな表現も、イタリアでは完全に日常に溶け込んでいる。
そして何より距離が近い。
親子間、友人間、兄弟間、恋人間。ありとあらゆる関係において、物理的な距離が驚くほど近いのだ。
挨拶が頬へのキスから始まる時点で、すでにその兆候がうかがえる。
公共の場でのスキンシップも、いたるところで見受けられる。
お父さんが20歳を超える息子や娘にキスを浴びせる、ということも普通にある。
私など、最後に父にハグをしたのがいつだったか、もう思い出せない。

これは余談だが、恋人関係において興味深かったことがある。
私の恋人は、男友達についてはまったく気にしない。その一方で、なぜか「教授」に関しては異常に敏感なのだ。
先日、私が絵を習っている学校で、卒業生の作品展覧会が開かれた。
そこで、日本が大好きだという先生と話が盛り上がり、そのまま「今度コーヒーでも飲もう」という流れで、数日後にカフェへ行くことになった。
相手は、還暦が近そうな風貌の先生で、自分のギャラリーも持っている人物だった。
私としては、「現地でのコネクションを作れるかもしれない」という、やや邪な期待もあり、「コーヒーくらい大丈夫だろう」と判断した。
しかし、これに対する恋人の怒りようといったら、とんでもないものだった。
イタリアでは、教授と生徒の間に何かが起こるというのは、十分にあり得る話らしい。
「そんなこと起きるかー!」というのが私の持論だったが、聞き入れられることはなかった。
ちなみに、上記の路上での喧嘩は、この件が原因である。
現在、インスタグラムでイタリアでの留学生活の様子や、日々書いているジャーナルノートを発信しています。ぜひ覗いてみて下さいね!
Written by 高倉舞(イタリア)