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スマホなし、計画なし、20歳の世界一周(仮)

2026年6月24日
高倉舞 (イタリア)

パリへの憧れだけを持って旅に出た20歳

20歳の頃、仕事を辞めて、世界一周(仮)をしました。

「(仮)」というのは、日本を出発し、シェンゲン協定の上限である3か月間ヨーロッパをうろうろし、その後アメリカに渡り、今度は知人を東西南北訪ねて歩いた結果、気付けば地球を西回りでぐるっと一周していたからです。

ただ、この旅では五大陸すべてを回ることはできなかったこと、そして、いつか五大陸制覇を叶えたいという思いもあり、将来への期待も込めて「(仮)」としました(笑)。

今日は、その旅の始まりについて書こうと思います。

最初の目的地は、パリでした。

映画で見た街並みへの憧れだったのか。当時どハマりしていた『ゴシップガール』の影響なのか。

なぜそこまでパリに固執していたのか、その理由は当時も今も上手く説明できません。

ただ、「10代のうちに一度はパリに立たなければならない」という謎の使命感だけはありました。

頭の中はパリ、パリ、パリ、パリ、パリ。

「パリに行きたい」

それだけが頭の中を占領していました。それだけは決まっていました。

航空券を取ったのは出発の1週間前。宿を決めたのは4日前。

今思えば、なかなかの見切り発車です。10代というのは恐ろしいですね。

 

祖母の教えが旅の資金を作ってくれた

とはいえ、何も茨の道のド金欠スタートではありませんでした。

私は高校卒業後、箱根の旅館で仲居として約2年間働いていました。いただいたお給料から毎月10万円ずつ貯めていたことが功を奏し、少なからず蓄えはありました。

社会保険料や寮費などが引かれたあと、手元に残るのは16万円ほど。そこから10万円を貯金し、残りで食費や交際費をやりくりしていました。

高校生の頃のお小遣いは月5,000円。(当時はまだ福沢諭吉)

福沢さんをこんなにたくさん見るのは初めてで、しかもそれがすべて自分のものだなんて、嬉しくて誇らしくてたまりませんでした。

お給料の入った封筒をもらう月末が、とても待ち遠しかったのを覚えています。

もっとも、この10万円貯金は「世界一周するぞ!」という強い意気込みで始まったわけではありませんでした。

きっかけは祖母の一言です。

「あなた、お金はあればある分だけ使っちゃうんだから、給料から天引きして、自分の手の届かない口座に入れなさい」

長く生きた祖母は、いつでも正しいですね。

ボーナスなども手を付けずに貯金に回していたので、気付けばそれなりの金額になっていました。

そして、「パスポートとお金があればなんとかなる!」の心意気のもと、日本を出発。

実際になんとかなるものですね。4か月を経て、心身ともに健康な状態で日本に帰国しました。

もっとも、私の財布は帰りの機内でおいおい泣いておりましたが。

 

スマホなしで挑んだ世界一周

そうして始まった世界一周。

フランスのパリからスタートし、スペイン、ギリシャ、スロバキア、オーストリア、モンテネグロ、イタリア、その後アメリカを回り、ロサンゼルスで旅を終えました。

ちなみに、携帯は持っていきませんでした。

「スマホなしでいくぜえーー!」という冒険家メンタルからきた判断ではありません。

単にSIMカードの契約方法が、当時の私からするととんでもなく得体の知れない魔物のように思えて、「うんうん、逆にスマホがない方がおもしろいか!!!」と自己暗示した結果です。

ただ、絵を描くのでiPadだけは持っていきました。

「端末」としての責任を一人で背負ってくれていたiPadが、この旅の相棒でした。

そして、この場をお借りして感謝を申し上げたい存在がもう一つあります。

スターバックスです。

旅の途中、大変お世話になりました。御社のWi-Fiのおかげで、世界とつながることができていました。

本当にありがとうございました。これからの人生、コーヒーやフラペチーノは、隙あらば御社で飲むことをここに誓います。

今回のコラムは序章ということで、このあたりで。

次回のコラムでは、恋焦がれていたパリでのドラマについて語り尽くしたいと思います。

それでは、ここまで世界ウーマンのコラムを読んでくださった皆さん、良い一日を!

現在、インスタグラムで留学生活の様子や旅、日々書いているジャーナルノートを発信しています。ぜひ覗いてみて下さいね!

Written by 高倉舞(イタリア)

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