
ロサンゼルスのパサデナ・コンベンションセンター。広い会場には、朝から多くの人が集まっていました。
家族連れ、年配の方、若い方、子どもを連れたご夫婦。服装も表情もさまざまで、聞こえてくる言語も一つではありません。
この日、私はアメリカ市民権取得の宣誓式「Oath Ceremony」に参加しました。
昨年10月に市民権テストとインタビューに合格し、一度はセレモニーの案内が届いたものの、春休みの家族旅行と重なったため延期しました。
そして、ようやくこの日を迎えることができました。
会場では、約1,300人が新たにアメリカ市民となりました。出身国は87カ国。今回の取得者数の上位は、1位メキシコ、2位中国、3位ベトナム、4位フィリピン、5位韓国とのことでした。
改めて、ロサンゼルスという場所が、世界中から人が集まる移民の街であることを実感しました。
約45分間のセレモニーでは、国歌が流れ、映像やメッセージが紹介され、最後に全員で宣誓を行いました。
決して長い時間ではありませんでしたが、その場にいる一人ひとりに、それぞれの人生があり、ここに至るまでの道のりがあるのだと思うと、何度か目頭が熱くなりました。

30年以上前に日本を出た時の私は、まさか自分がアメリカ国籍を取得する日が来るとは想像もしていませんでした。
イギリス留学から始まり、香港、中国、そしてアメリカへ。仕事、結婚、子育て、起業。
振り返ると、私の人生はいつも「次の一歩」を自分で選びながら進んできたように思います。
宣誓式の翌日には、すぐアメリカのパスポート申請にも行きました。
夫も子どもたちもアメリカ国籍なので、家族のアメリカパスポートはこれまで何度も見てきました。見慣れているはずでした。
それでも、自分のものとしてアメリカのパスポートを申請し、そして受け取った時には、想像以上に重みを感じました。
今年はアメリカ建国250周年という節目の年でもあります。
そんな特別な年にアメリカ国籍を取得し、新しい人生のスタートとなるアメリカのパスポートを受け取ったことは、私にとって忘れられない出来事になりました。
それは単なる一冊のパスポートではなく、30年以上海外で歩んできた人生の積み重ねそのもののように感じられたからです。

SNSで国籍取得について発信すると、いろいろなコメントもいただきました。
「日本国籍を捨てるのですか?」
「日本のパスポートの方が世界的に強いのでは?」
「なぜ日本国籍をギブアップするのですか?」
その気持ちもよく分かります。
日本で生まれ育ち、日本で暮らしている方にとって、国籍を変えるということは、なかなか身近に感じにくい選択だと思います。
私の日本の従妹からも、「おめでとう……でいいんだよね?」という反応がありました。
でも、私にとって今回の選択は、日本を捨てることではありません。
私は今でも日本で育った自分を大切に思っています。日本語で考え、日本の文化や価値観の中で育ったことは、私の土台です。それは国籍が変わっても消えるものではありません。
一方で、私はアメリカで家族を持ち、子どもを育て、仕事をし、これからもこの国を生活の拠点として生きていきます。
夫も子どもたちもアメリカ国籍である中、私だけが違う国籍であることに、どこか取り残されているような感覚がありました。
特に家族で海外に出る時、入国審査で別のレーンに並ぶことや、何かあった時に自分だけ立場が違うことに、小さな不安を感じることもありました。
だから、私にとって大きかったのは、家族と同じ立場で、何の心配もなく一緒に出入国できること。そして、これから先も、家族と同じ国の一員として生きていける安心感でした。
日本のパスポートが世界的に信頼されていることは、もちろん理解しています。
どちらのパスポートが強いか、便利かという話だけで決めたわけではありません。
私が選んだのは、これからの人生をどこで、誰と、どのように生きていくかということでした。

今回、国籍取得と同時に苗字も変更し、正式に「Mayumi Brenner」となりました。
結婚して22年。香港時代は日系企業との仕事が多く、旧姓を使い続けていました。しかし、アメリカでは姓よりも個人そのものが見られる文化があります。
ファーストネームで呼ばれることがほとんどで、今の私にとっては、このタイミングで家族と同じ姓にすることが自然に感じられました。
まだ、大きな実感はありません。
ただ、宣誓式の日に回収されたグリーンカードが、もう財布の中にないことに気付くたびに、少しずつ変化を感じています。
海外で生きるということは、仕事だけの話ではありません。
どの国で働くのか。どこで家族を築くのか。どの文化の中で子どもを育てるのか。そして、自分はどこに属していると感じるのか。
年齢を重ねるほど、その選択はキャリアだけでなく、人生そのものに深く関わってきます。
今回の国籍取得は、私にとってゴールではありません。
30年以上、自分で選び続けてきた人生の一つの節目でした。
誰かに勧められたわけではなく、自分で考え、自分で決めた選択です。
だから、今感じているのは感謝と、少しの寂しさと、そして静かな誇りです。

人生には、他人から見ると理解されにくい選択もあります。でも、その選択をする本人にしか見えない背景があります。
海外で暮らすことも、海外で働くことも、国籍を変えることも、簡単な決断ではありません。
それでも、自分で選んだ人生だからこそ、その先に見える景色があります。
30年前、日本を飛び出した私が想像もしなかった今。
これからも日米の架け橋として、人と人、キャリアと世界をつなぐ仕事を続けていきたいと思います。
私は日本で生まれ、日本で育ち、30年以上海外で暮らしてきました。
そして今、アメリカ国籍を取得し、これからは日本人としてのアイデンティティを大切にしながら、アメリカ市民として、この地で家族とともに人生を歩んでいきます。
国籍が変わっても、日本で育まれた価値観や文化、そして日本人としての誇りが変わることはありません。
一方で、アメリカという多様性にあふれた国で、新たな一歩を踏み出したこともまた、私にとって大切な人生の選択です。
海外で暮らすことも、海外で働くことも、そして国籍を取得することも、人それぞれに異なる背景や理由があります。
正解は一つではありません。
だからこそ、自分で考え、自分で選び、その選択を自分らしい人生につなげていくことが大切なのだと思います。
30年前、日本を飛び出した私が想像もしなかった今。
これからも日本人としてのルーツを大切にしながら、アメリカ市民としてこの地に根を張り、日米の架け橋として、人と人、キャリアと世界をつなぐ仕事を続けていきたいと思います。
Written by ブレナー真由美(アメリカ)