
今日は誕生日。20歳になった。夢にまで見た、誕生日で過ごすパリ。
「そうだ、せっかくだからエッフェル塔に行こう」
とはいえ、私にはスマホがない。頼れるのは手持ちの相棒iPadだけだ。
地図アプリを開いてスクリーンショットの嵐。カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
「この角を曲がったら次はこの画面。その次はこれ」ルートをすべて写真フォルダに収め、準備万端。意気揚々。
そして、家を出て5分。写真フォルダの中で迷子になった。
「……あかんこりゃ無理だ。愚策だった」私は潔く諦めた。まあ、そのうち着くやろ。
パリは放射状に道が伸びている、と聞いたことがある。
人の流れをなんとなく観察しながら、「中心はおそらくこっちだ!」というコナンも呆れるほど雑な推理を頼りに歩き始めた。
そして、家を出てから6時間。ついにエッフェル塔に到着した。着いた頃には達成感よりも疲労感の方が勝っていた。
それでも展望台から見たパリは、とてもきれいだった。
「おお、これがパリー!」感動に浸るのも束の間、「よし帰るか!」と、現実に戻る。
エッフェル塔を階段で降り、門を出たところで、1人のおじさんに声をかけられる。

「乗ってかない?」見ると、電球でギラギラに装飾された三輪自転車。後ろには人を乗せる座席が付いている。
正直、飛び乗りたい気分だった。スマホもないため、帰り道を調べるのも考えるだけで、うっぷ……。
そして、なにより6時間歩き続けた私の足は限界だった。「乗せて!」という言葉をぐっと飲みこみ、わずかに残った理性で交渉を始める。
宿はパリの端。そこまで連れて行ってくれる保証はない。「ここまでいくら?」宿の住所を見せる。
「うーん、ここなら50ユーロかな」当時のレートでは7000円ほどだった。高っっっっっ。
メトロなら1.9ユーロで帰れることを考えると、25倍の値段だ。まだ初日ということもあり、あまり散財したくなかった私からしたら相当高く感じた。
とはいえ、このおじさんは人力で漕いでくれるのだ。見たところ電動自転車でもなさそうだ。そう考えると妥当なのかもしれない。なにより、足も私も疲労困憊なのだ。
「このおじさんに全部任せて、家まで帰ろう。これは自分への誕生日プレゼント」そう自分を納得させ、私は乗り込んだ。

このおじさん、とんでもなかった。爆音で音楽を流しながら疾走するのである。
ロマンチックで雰囲気のあるパリの街と、騒音で今にも訴えられそうな電飾ギラギラ自転車。そのコントラストがおかしかった。
おじさんの母国語であろう曲が2曲ほど流れた後、「リクエストある?」と聞かれた。
せっかくなので、当時どハマりしていた韓国のアイドルグループであるBTSをお願いする。
「BTS?」何それ美味しいの?という顔をされる。
爆音に負けないよう、「B!T!S!」と叫んでも伝わらない。結局、スマホを借り、自分で検索した。
韓国語の曲だと好みじゃないかもしれない。そう思って、当時出たばかりの英語曲を選んだ。
流れ始めた途端、おじさんのテンションが目に見えて下がった。「……選曲、失敗したかもしれない」私の一曲が終わると、おじさんは再び自分の音楽に戻した。
そして、突然、大通りを外れて細い路地へ。え?こんな道行く?
一瞬不安になったものの、「まあ、おじさんの方がパリには詳しいだろう」そう自分に言い聞かせた。

その瞬間を捕らえた写真
その数秒後。キキーッ。自転車が止まった。「ここで降りて」……ん?聞き間違い?
「え?家まで送ってくれるんじゃないの?」「ここをまっすぐ行って左に曲がれば、大きい駅がある。そこから帰って」
いやいやいや。約束と違う。交渉しても、おじさんは頑なだった。
「埒があかん。諦めよう」そう思って財布を出そうとした瞬間。
「200ユーロね」……は?さっき50ユーロだったよね?なんで4倍?
「I don’t have money!!」財布を見せた、その瞬間。
おじさんは財布をのぞき込み、「あーもうしょうがない」と言いながら、80ユーロを抜き取っていった。
「しょ、しょうがない?」「約束を反故にして途中下車させた上、30ユーロ多く払ってそっちがその態度????」
ツッコミを入れる間もなく私は、ほぼ一文無しになった。

言われた通り、まっすぐ歩いて左へ曲がる。そこにあったのは、永遠に続く道路だった。
駅なんて見えない。どうしよう。スマホもない。軽くパニックになる。
しばらく歩き、バス停にいたお兄さんへ勇気を出して話しかけた。
宿の住所をスクリーンショットで見せ、「ここへ帰りたいんだけど、スマホがなくて。道を教えてもらえくれませんか?」
返ってきた第一声。「Are you stalking me?」まさかのストーカー扱い。
笑顔を張り付けてくれてはいたものの、警戒されているのがハッキリ伝わってきた。それでもちゃんと乗るバス停を教えてくれた。
さらに、同じバスを待っていたおじいちゃん2人組も、「僕たちもそのバスに乗るよ」と言ってくれた。よかった。これで安心だ。
……と思ったら、今度は乗り方が分からない。しかも運転手に、「マスクがないなら降りて」と言われた。
そう、コロナ禍だった。マスクは持っていた。だが、エッフェル塔で落とした。
周りのみんなが外していたから油断していた。どうやらフランスでは、公共交通機関だけ着ける文化らしい。
さっきのおじいちゃんたちは?と思って後ろを見る。2人仲良く、きっちりマスクを着けて座っていた。いつ着けた?
困り果てていると、隣のお兄さんが1枚マスクを差し出してくれた。救世主だった。

私のマスクはこの塔のどこかに眠っている
しばらくして、おじいちゃんたちが降りる。降り際に「次が君が降りるバス停だよ」と教えてくれた。ありがとう。
乗り過ごすまいと、すぐに降車ボタンを押す。バスが走り始め、アナウンスが流れる。
フランス語がまったく分からなくても分かる。何をどう発音しても、次は私の目的地じゃない。
「ここじゃないよ、おじいちゃん!」でも、一度ボタンを押してしまった。日本人らしい変な責任感が発動する。
止めてもらった以上、降りないわけにはいかない。誰かが降りなくてはならない。そう思って降りた。
振り返る。他にも降りる人、いた。私、降りなくてもよかったじゃん…。
少し歩くと、奇跡的に次のバス停が本当の目的地だった。
そこから今度はメトロを探す。結局、自分で駅の案内図を探し、乗り継ぎを調べて宿へ帰った。
宿に着いた頃には、体力も、お金も、気力もほとんど残っていなかった。
世界一周1日目。20歳になったその日、パリは私に全力で教えてくれた。
旅は、思い通りになんて進まない。そして、人の言うことは鵜呑みにせず、自分で確かめることが大事ということも。
長い1日だった。パリの洗礼を受け、私はだいぶ逞しくなった気がした。
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Written by 高倉舞(イタリア)