
ゴール地点に設けられた大会VIPエリア
2026年9月19日と20日の2日間、私の住むデンマーク・コペンハーゲンで「World Athletics Road Running Championships Copenhagen 26(世界陸連ロードランニング選手権)」が開催されました。(公式HPはこちらです)
ハーフマラソン、5km、1マイル(約1.6km)の3種目からなるこの大会は、2年に一度開催される「ロードレース版の世界陸上」ともいえる国際大会です。
日本が誇るグローバルスポーツブランド・アシックス(ASICS)がメインスポンサーを務め、世界中からエリートランナーやASICSフロントランナーたちが大勢招待されていました。
この大会の構成はとてもユニーク。世界のトップ競技ランナーたちが記録を懸けて競う本気の世界選手権でありながら、同じ日・同じコースを一般市民ランナーが走るマスレースも組み込まれているのです。
ハーフマラソンだけで参加定員は3万5000人、大会全体では実に6万4000人ものランナーがコペンハーゲンの街を駆け抜けました。
一流アスリートの背中を追いかけながら、誰もが世界選手権と同じ舞台に立てる。圧倒的な競技性と、誰もが楽しめるお祭り性が両立した素晴らしい大会でした。

会場に設置された大きなスクリーン。左下:コペンハーゲンの街並みを走る様子。右下:次々とゴールする参加者たち
私がこの大会に関わることになったのはまったくの偶然で、ゴール地点に設けられたVIPエリアでの仕事を請け負った知人に声をかけられたのがきっかけでした。
日頃スポーツとは無縁の私が、まさか世界的なスポーツイベントに関わることになるとは想像もしていませんでしたが、だからこそ目にするものすべてが新鮮で、真剣ながらも楽しい経験の連続となりました。
関係者パス発行や会場設営のスムーズさに感嘆したり、続いて支給されたユニフォームに困惑したり。
スタッフ全員に支給されるアシックスのロゴが入ったユニフォーム(Tシャツ、パーカー、キャップ、バックパック)は、一式すべてが役割ごとのテーマカラーで統一されていました。
学生時代を除けばスポーツウェアに袖を通すこともなく、キャップに至っては「人生で一度も被ったことがないかも…」という私の前に置かれた鮮やかなウェアを前にして覚えたのは、未知の世界へ踏み出す高揚感でした。
普段の自分の枠組みを飛び越えて、思ってもみなかった経験も楽しめるのは、デンマークが持つおおらかな空気のおかげなのかもしれません。
新しい私の姿を収めた写真を友人たちに送ると、返ってくる反応はもちろん「え、スポーツウェア着てる!?」「キャップ被ってる!?」と驚きの声ばかり。さらに、その写真は今、夫の携帯の待ち受け画面になっています。

VIPエリアでの設え
大会当日は真夜中の仕込みから始まりました。移動や現地でのテーブルセッティングを含めて分刻みのスケジュールに追われる状況。
ですが、スタッフさんたちは突如コーヒーブレイク。
日本人の私は「いやいや、そんな場合じゃないよね?」と作業を続けようとしますが、「はい、まずはコーヒー」と目の前に巨大なカップを置かれます。私の好みまで把握して。
そう、どれほど忙しくても、いえ、忙しいからこそリセットは必要なのですよね。
大会運営事務局の方々と接する中で感じたのも、日本でよく見かける「ひたすら自分の役割をこなす」というピリピリとした緊迫感とはまったく違う空気感でした。
彼らはとにかく多忙なはずなのに、誰もがこのイベント自体を心から誇りに思い、ワクワクと楽しんでいたのです。
大会の成功とは、参加者だけでなくスタッフも含めた全員が心から楽しむこと。
マニュアルに固執したり、すべてを完璧にコントロールしようと肩肘を張るのではなく、適度な余白を残しながらフレキシブルに対応していく。
その北欧らしい、良い意味でのいい加減さ(心地よい加減)こそが、現場をスムーズに巡らせるヒントなのかもしれません。

男子エリート部門で優勝したアンドレアス・アルムグレン選手(スウェーデン)
その「いい加減さ」が最高の形で表れていたのが、ゴール直前に設営されたVIPエリアでした。
これが日本なら、運営スタッフは一歩引いて黒子に徹するのが一般的だと思います。ですが、ここでは違いました。
エリア内に設置された巨大スクリーンに映される、スタート直前の選手たちの表情、そして秋の美しいコペンハーゲンの街並みを疾走する姿を、世界中から招待されたVIPとスタッフが和やかに歓談しながら見入っているのです。
レースが佳境に入ると、スタッフもVIPたちと一緒に最前列に陣取り、フィニッシュの瞬間を待ちます。そして、それを咎める人は誰もいません。
手を伸ばせば届きそうな距離を駆け抜けていく選手たちの姿を目の当たりにし、「すごいね!新記録だよ!」「見ただろ、今の走りを!」と、興奮気味に感想を語り合います。
IDカード1枚も厳格に管理する、閉めるべき要所はきちんと機能させながらも、現場の人間関係や運用そのものには過剰な境界線を引かない。
立場や役割の垣根を飛び越えて、そこにいる全員が同じ熱量を共有する。
世界最高峰の緊張感漂う国際大会でありながら、これほどフラットで温かい空間が成立していることに、一見大雑把だけれど、個人の裁量と相互信頼によって成り立っている北欧式イベント運営の本質を見た気がしました。
Written by 高見節佳(デンマーク)