MENU

”日本と世界の懸け橋になるグローバル人材を育成、応援” ブレナー真由美さん(アメリカ)

2021年9月17日

新天地アメリカでPTA会長に

容子:長く住み慣れた香港からの移住ですが、前から希望されていたのですか?アメリカ人の旦那様が故郷に戻るチャンスを探されていたのですか?

真由美:香港での生活は私たちにとって居心地も良かったのですが、ご存知の通り、中国返還後から徐々に様子も変わってきていることと、住み込みのお手伝いさんがいることが香港では常識で有り難かったのですが、子供達の為にも、地に足を付けた生活に戻る必要もあるのではないかと夫婦で思い始めていました。主人のアメリカの転勤希望と私の仕事のタイミングが合い、アメリカへの移住となりました。

容子:全て、タイミングがあったのですね。アメリカではすぐにお仕事に復活されるのですか?

真由美:車の右ハンドルから、左ハンドルに慣れるのも、子供たちの学校に慣れるのにも、1年間は生活に慣れることに精一杯でした。そうこうしているうちに、テンプスタッフの関連会社だった留学エージェントの社長さんからカリフォルニア大学アーバイン校での留学生のサポートの仕事の依頼が来て、留学生向けオリエンテーションや定期的なケアをはじめました。

容子:私もベルギーに来て初めて、左ハンドル運転を学ぶのですが、思ったより結構大変なんですよね!分かります。それから、お仕事が自然に始まるのですね。

真由美:そうなんです。子供達の新しい学校のことも知っておかなくてはと思い、学校のボランディアも始めました。去年から、PTA会長に就任して、校長先生からボランティア賞をいただきました。

容子:すごいですね!私は今でこそインターナショナルスクールなので、ボランティアに参加していますが、現地の学校の時は言葉の壁もあり、消極的でした。現地の学校でPTA会長は凄いと思います。

真由美:主人がユダヤ系アメリカ人なので私も結婚前に改宗し、香港では子供達もユダヤ系の学校に通っていました。私もフルで仕事をしていたため、PTAとは程遠かったのですが、ここアメリカのカルフォルニアの公立校は、人種のるつぼで、子供達の学校はアジア系や日本人も多く、他にはペルシャ系やヒスパニック系など、インターナショナルな雰囲気なので、自然に活動的になりました。

容子:面白いですね。アメリカ、最近のカルフォルニア事情ですね。そしてお忙しい中、どのような経緯で起業に至ったのでしょうか?

次のページ20年の職経験を活かし、起業の流れに

1 2 3 4

この投稿をシェアする

イベント・セミナー一覧へ
コラム一覧へ
インタビュー一覧へ
ブックレビュー一覧へ
セカウマTV一覧へ
無料登録へ