
こんにちは!世界中どこにいても輝けるキャリア&ライフを応援する真理です。前回に引き続き、モロッコ10日間の旅行記第2弾をお届けします。
このコラムでは海側の街「フェズ」「メクネス」の訪問と砂漠の入り口の街「エルフード」までの移動の様子をご紹介!
「フェズ」は、少しだけ内陸に入ったモロッコ最初のイスラム王朝の都だった街です。日本で言えば奈良みたいな所で、周辺は世界遺産だらけ。
まずは、迷宮の町と言われる理由の一つであるメディナの迷路に挑戦です。美しいタイル装飾のブー・ジュルード門が入口です。
商店だけでなく、迷路の中にはカラウィン・モスクやブー・イナニア神学校があり、川の方まで下りていくと、なめし革職人地区のタンネリにたどり着きます。
革製品は、モロッコの重要産業の一つです。バブーシュという革のスリッパはお土産としても人気で、この地区が特に有名です。
羊やヤギなどの革を使って製造する工程を見学することもできますし、併設するお土産コーナーでは、さまざまな国から来た観光客でごった返していました。
ただ、多湿な日本へ持ち帰ると強烈な臭いを発することもあるようですので、気をつけてください。
今回、一般家庭を訪問して、ミントティーのセレモニー見学とティータイムを体験しました。

ミントと言えば爽やかな味を想像しますが、国民的飲み物ミントティーは、緑茶とフレッシュミントを煮出して、たっぷりの砂糖を入れた苦くて甘い飲み物です。
高いところから小さなグラス目がけて注ぎます。初めは砂糖なしのものを飲んでいたのですが、「ちょっと試しに」と甘いものを飲んでみると、癖になります。
モロッコでは、おもてなしは男性の役目です。女性は台所にいて準備係に徹します。大根みたいな円錐形の砂糖を砕いてミントティーに入れるのが、おもてなしの流儀のようです。
毎日何倍も飲むミントティーは、消化を助け、寒暖差の激しい気候の中でも体温調節をしてくれる大切な飲み物だそうです。

ラビリンス気分を満喫してフェズを後にし、近隣にあるワインの名産地でもある古都メクネスへ向かいました。
17〜18世紀には都と定められ、美味しい水があることからオリーブ畑や果樹園が広がります。
ここでは、ムーレイ・イスマイル王が、ルイ14世が作ったベルサイユ宮殿に対抗して建てたマンスール門と、完成を待たぬままこの世を去った王が眠る廟が見ものです。
そして、さらに北へ30km行ったところでは、驚くべき世界遺産を見ました。ウォルビリス遺跡です。
まるで蜃気楼のようにぽっかりと現れたローマ古代遺跡です。
ローマ時代、西の果てに位置するローマ属州の州都で、全盛期は2万人もの人が住んでいましたが、1755年のリスボン大地震により大きな被害を受け、1874年からはフランスの考古学者たちが発掘を続けているそうです。
モロッコがローマ帝国の支配下にあったとは、まるで魔法にかかりタイムスリップしたみたいです。
いよいよ、この後アトラス山脈を超えて、砂漠の入口「エルフード」へ向かいます。

古都フェズに別れを告げ、アトラス山脈を越えて、砂漠の玄関口と言われる「エルフード」へ向かいました。
この日は、休憩や昼食を挟みながら、400キロの道のりをバスで移動しました。
最初に立ち寄った街は、紅葉が美しい高級リゾート「イフレン」です。
標高1650mにあり、気温も低く、どこの国にもある「〇〇のスイス」と呼ばれる、お金持ちが集まる場所の一つです。ヨーロッパ風情たっぷりですが、生活感はありません。
さらにバスに揺られて、「ミデルト」というのどかな街に着きました。ベルベル語で中心を意味する街の名の通り、都市と砂漠地帯の中間に位置しています。
本来は、3000m級の山脈を背後に従え、雪山の景色が広がるはずですが、温暖化の影響により、山肌がむき出しになっていました。
それでも、素敵なレストランやホテルがあり、外国人旅行客には人気のスポットです。

この日の昼食は、ますのグリルをいただきました。「こんなところで川魚?」と思いましたが、養殖が行われており、名物なのだそうです。秋刀魚のような味わいで、白いご飯が欲しくなりました。
さらに移動は続き、ジーズ峠や小さな町で休憩を取りつつ、サハラ砂漠の入口である「エルフード」に着いたのは夕方でした。
フランス軍の駐屯地として造られたこの街は、碁盤の目のように道路が真っ直ぐ通っています。
かつては、パリ・ダカールラリーもこの街の背後を通過していたそうで、今でもいくつかのラリーが行われています。
次は、モロッコ旅行のハイライト!ラクダに乗って砂漠を歩きます。(Vol3.へ続く)

Written by 岩井真理(日本)