
夫の実家、ボルドー郊外の地元ワイナリーで試飲を楽しんだ帰り
こんにちは、スイスのジュネーブに8年住んだ後、ドイツのフランクフルトに移住して8年目、会社員をしながらヨーロッパを旅するように生きるTowamiです。
最近、ふと気づきました。
「今の私は、実は恵まれた暮らしをしているのかもしれない」
私は、現在ドイツで会社員として好きな仕事をしています。帰宅後は、愛する息子との時間を楽しみます。
休みにはフランスやイタリアを車で巡り、好きな時に好きな場所へ旅をして、大好きな家族とヨーロッパの美味しい食事や美しい景色を楽しみ、いくつかの言語を使いながらヨーロッパで暮らしています。
これまでスイスに住み、ドイツに住み、フランス語やイタリア語を使い、現地の文化の中に溶け込みながら日常を生きる暮らしをしています。
「忙しい」「時間が足りない」と不満を言いながらも、改めて振り返ると、実はとても気に入っているのではないかと感じています。
もちろん、もっと息子と過ごす時間が欲しい、もっとゆっくりしたい、もっと収入が欲しい、あれが欲しい、これが欲しいなどと欲は尽きません。
でも、それ以上に今のこの生き方は、私が昔理想に思っていたことに近いのではないかと感じています。

今年1月に10年ぶりに訪ねた、成長著しく勢いのある、ドバイの夜景
少し前、ある著名な、年に数十億稼いでいるような方とお会いして話す機会がありました。
その際に、ヨーロッパで好きな時に気軽に車で旅ができて、フランスやイタリアの美味しいものを味わい、ドイツの文化に触れながら、他国語で生きている生き方や旅の仕方を「そういうのいいね」と言われ、初めて客観的に自分の生き方を見直しました。
もちろん、その限られた側面だけをいいなと思われたのだと思いますが、それでも今の私のライフスタイルは、誰かの理想になり得るのかもしれないと感じました。
その時、同時にこんな問いが生まれました。
私は、どうやってここまで来たのだろう。どんな選択を積み重ねて、今の人生にたどり着いたのだろう。そして、もし誰かが「私もそんな生き方がしたい」と言った時、私は何を伝えられるのだろう。
正直、これまで私は、自分の生き方を「価値」として、ほとんど言語化してきませんでした。
ヨーロッパの文化を味わいながら生きること。美しい場所を訪れ、現地の言葉で会話し、土地の空気を感じながら暮らすこと。
この生き方は、もしかしたら誰かにとっては憧れの一部になり、ヒントや希望になるのかもしれない。
そう思った時、自分の人生を一度きちんと振り返ってみたくなりました。
どうやって、私はこの人生にたどり着いたのか。そして、この生き方は再現できるものなのか。振り返ってみたいと思います。

夕食を終えて歩いて帰る、夜のパリの風景
私の人生が今の形に動き出した一番最初の瞬間は、とても静かで、誰にも相談せず、一人で決めた出来事でした。
高校3年の時、私は中学生になって以来初めて、誰にも相談せずに「ここが好き」と直感で感じた進路を選びました。
中学に入ってからそれまでの私は、「周りが良いという、正解っぽいもの」を周りに聞きながら選ぶ人間でした。
でも、その時だけは違いました。キャンパスを見に行った日、その街の空気や電車の中の景色を見て、「ここに通いたい」と心が先に決めました。
幸いなことに、その大学に指定校推薦で合格しました。指定校推薦を受けたことは、親にも誰にも言っていませんでした。
なのに、その選択をした後で、「もっと頑張れば別の大学に行けたかもしれない」「あんなに塾に行って頑張っていたのに、途中で挫折したみたいだと周りは思うのだろう」と、私はしばらくの間、なぜかひどく落ち込んでいました。
勝手に想像した周囲の声、世間の基準、「こうした方がよかったのかもしれない」という後悔。頭の中でぐるぐる考え、朝起きた瞬間に涙が出てくる。気づけば、毎日が重たく、うつのようになっていました。
このままでは、私は抜け出せない。多分、環境をガラッと変えないといけない。
実家暮らしの私は、環境をガラッと変える方法が思いつきませんでした。でも、「そうだ、海外に行けばいいのでは?」という発想が、なぜか頭に浮かんだのです。
私は当時、パスポートも持っていなければ飛行機に乗ったこともありませんでした。家族の誰も海外に行ったことがありませんでした。それでも、ここから出るにはそれしかないと感じました。
大学附属高校に行っていた私は、一人で大学の生協に行き、生協の担当者に相談し、語学留学のパンフレットをもらい、2週間のカナダ行きをその場で決めました。

カナダに着いても、私はずっとあのモヤモヤを抱えたままでした。
ある日、語学学校の遠足(エクスカージョン)で、みんなで高台に登って景色を見渡す時間がありました。
私は目の前に広がる景色を見て「わぁ!」と歓声を上げながら、こう思いました。
「あんなに遠くまで見える」「下にいる人があんなに小さく見える」「すべてが、こんなに小さく見える」「世界って、こんなに広いんだ」。そして、ふっと気づいたのです。
ここからでは、私の住んでいる日本なんてまったく見えない。
日本は世界のほんの小さな一部で、その中に住んでいる私はさらに小さな存在で、私が大きな問題だと思い込んでいた悩みは、世界全体から見たらほんのちっぽけなものだった。
その瞬間、胸の奥にずっとあった重たいものが、すっと溶けるように軽くなりました。
「こんなに重大だと思っていた私の悩み事は、世界から見たらこんなに小さいことだったんだ」
そう思えた時、初めて呼吸が楽になったのです。そして、その時思いました。
私はこれからも、「世界は大きくて、私は小さいんだ」という感覚を忘れない生き方をしたい。
自分の住む場所も、自分の悩みも、その大きな世界の中のほんの一部だと、いつも感じながら生きられるような人生を送りたい。
それが、「海外で生きたい」と思った、私のすべての始まりでした。

その高台からの景色の日以来、私の中で何かがはっきり変わりました。
「世界は、思っていたよりずっと広い。私が悩んでいた世界は、ほんの小さな箱の中だった」
そう実感してから、もう一度、日本だけの価値観に自分を閉じ込めて生きることがどうしてもできなくなってしまったのです。
それに、カナダの人たちは本当に優しかったことが心に残りました。重たいスーツケースを持っていると、何も言わなくても手を差し伸べてくれる。道に迷っていると、当たり前のように声をかけてくれる。
当時の日本では、満員電車の中で重たい荷物を抱えていても、誰もこちらを見ようともしませんでした。
カナダから帰ってきて、空港から乗った電車の中で、カナダとの違いが悲しくて一人で泣いていた記憶があります。
「こんなふうに生きていいんだ」。そう思えたのも、あの国での経験でした。
だから私は、「いつか、またここに戻ってくる」「今度は、もっと長くここに住みたい」と決めて、日本に帰りました。
次回は、カナダから帰国した私がどんな選択をして社会に出て、そしてどのようにしてヨーロッパで生きる人生へと進んでいったのかを書いてみようと思います。
ヨーロッパの第一線で15年以上働く中で、語学に悩み続けた経験、5か国語で仕事と生活をするようになるまでの試行錯誤、ヨーロッパ生活や国際結婚、ドイツでの子育てを通して得た気づきを、メルマガで定期的にお届けしています。
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Written by Towami(ドイツ)