
近年、オーストラリアでは「Voluntary Assisted Dying(VAD:自発的医師支援死)」という制度が注目を集めています。
VADとは、重い病気や末期の状態にある人が、自らの意思に基づき、医師の支援を受けて人生の最期を選ぶ制度です。
痛みや苦しみが強く、回復の見込みがない場合に「Dignified Choice(尊厳ある選択)」として認められています。
日本ではまだ議論の段階ですが、オーストラリアでは州ごとに法整備が進み、現在ではノーザンテリトリーを除くすべての州・準州で合法化されています。

VADの実施には、厳格な条件が設けられています。
まず、申請できるのはオーストラリア市民または永住者で、オーストラリア国内またはその州に一定期間居住している18歳以上の成人です。
申請者は2人の医師による診断を受け、「治る見込みがない病で、6か月以内に死亡する可能性が高い」と判断された場合に限られます。
本人の意思が明確で、自発的であることも重視され、家族が代わりに申請することはできません。
服薬する薬も、自分の手で飲むことが原則です。
手続きは数段階に分かれ、申請から最終承認まで数週間かかることもあります。

VADと自殺は明確に区別されており、VADは「自発的安楽死」または「自発的幇助自死」とも訳されています。
自殺は絶望や孤立の中で命を絶つ行為ですが、VADは医療・心理・倫理のサポートを受けながら、本人の尊厳を守るための医療プロセスとして位置付けられています。
VADの過程では、申請者に対して常に心理的サポートが提供され、本人の意思が揺らいだ場合には、いつでも撤回できる仕組みになっています。
「死を急ぐ」のではなく、「どう生きて終えるか」を支えることが、この制度の本質です。
私自身、精神障害者の自立支援を仕事とする身として、VADと自殺の違いをしっかりと認識することは、とても重要だと思っています。

VADは、決して死を選ぶだけの話ではありません。それは、人生の最期を自分の意思でどう迎えるのかという「生き方の延長線上にある選択」でもあるのです。
オーストラリアでは、VADをめぐる議論を通して「死をどう語るか」「どんな最期を望むか」という会話が、少しずつ日常に溶け込みつつあります。
実際、オーストラリアの映画や配信ドラマの中で、VADをテーマにした作品や台詞が登場することもあります。
家族や医療者と素直に話し合うことが悲しみを和らげ、尊厳ある最期につながる。そんな文化が、少しずつ根付いているように感じます。
Written by 野林薫(オーストラリア)