
海外で暮らしていると、「自分はこの地域にどう貢献できているんだろう」と考える瞬間がある。
納税額も大したことはないし、地元の経済を動かすほどの力もない。
そんな私が最近意識しているのは、「笑顔でいること」だ。些細なことに聞こえるかもしれないけれど、これが意外と大きな影響をもたらしてくれる。
「地域貢献」という言葉を聞くと、ボランティアや寄付、起業など大きなことを思い浮かべがちだ。
でも、生活者の立場でできることはもっと日常的なものだと思う。
たとえば、お得な情報をSNSなどでシェアする。近所のお店に通って売上に貢献する。地元のイベントに顔を出す。これらもすべて、地域を支える大切な行動だと思う。
その中でも、私が特に大事にしているのが「人との関わり方」だ。
スーパーのレジ、交通機関の運転手、役所の職員。日常で出会う人たちに笑顔で挨拶し、目を見て「ありがとう」と伝えること。
たったそれだけでも、空気がほんの少しやわらかくなる。

今でこそそんなことを言っている私だけれど、以前は違った。
マカオのサービスレベルは年々良くなってきているとはいえ、「客より自分優先」な接客に出会うことも少なくない。
特に庶民派の飲食店やタクシーでは、未だに塩対応に遭遇する確率が高い。
マカオ生活年数を重ねるにつれて、塩対応にもすっかり慣れてしまい、諦めの境地でやり過ごすことも多かった。
そんな私がハッとしたのは、ある日の出来事だった。
日本から親戚の子がマカオに遊びに来た時のこと。
タクシーの運転手のお世辞にも気持ちいいとは言えない接客と、それに受け応えする私を見て、彼女は怯えた表情でこうつぶやいたのだ。
「やり取りがケンカみたいだね……」
その一言が胸に刺さった。確かに相手の態度は良くなかった。でも、悪かったのは運転手だけ?
私の表情や言葉はどうだった? 売り言葉に買い言葉のような対応をしていなかった?
ふとそんな疑問が湧いた。

そこで私は、翌日から一つの実験を始めることにした。サービスを受ける時、自分から“先に”やることを2つだけ決めたのだ。
① 笑顔で挨拶をする
② 相手の目を見て「ありがとう」と言う
結果は驚くべきものだった。1か月続けてみると、塩対応はなんと90%消滅。
こちらが笑顔で機嫌よく接すると、相手も同じように笑顔で応えてくれるケースが圧倒的に増えたのだ。
特に、レストランではほぼ100%笑顔のやりとりが成立。スーパーでは半分ほど、タクシーではやや低めだったが、それでも以前とは比べ物にならないほど空気が柔らかくなった。
そして面白い発見もあった。
「ありがとう」を言う時、私は意外と相手の顔を見ていなかったということ。スーパーなどでは物を詰めながら、タクシーでは降りながらなど、何かをしながら伝えることが多かった。
一度立ち止まり、目を見て感謝を伝えることは、挨拶よりもずっと難しい。でもそれができた時、相手の反応は格段によくなった。
また、もう一つの学びは「笑顔には余裕が必要」ということだ。
忙しかったりイライラしていたりすると、笑顔になること自体を忘れてしまう。
だからこそ、一呼吸おいて「コミュニケーションを楽しむ」心構えを持つことが大切なのだと実感した。

この実験を通じて感じたのは、「コミュニケーションは相互作用である」という当たり前の事実だった。
相手の態度が悪いからといってこちらも同じ態度を返せば、気まずい空気が広がるだけ。でも、こちらから一歩踏み出すことで、相手の反応は変わる。
そして、その変化はほんの小さな笑顔や挨拶から生まれるのだ。
たとえ税金をたくさん納めていなくても、ボランティアをしていなくても、私たちは日々の暮らしの中で地域に貢献できる。
「この街で暮らす人として、ここに関わっているんだ」という実感は、そうした小さな積み重ねの先にあるのだと思う。
「地域貢献」と聞くと身構えてしまう人も多いだろう。
でも、笑顔で挨拶すること、相手の目を見て「ありがとう」と伝えること。それだけでも十分すぎるほど、街に温かさを生んでいる。
自分が笑顔でいれば、その街は少しだけ優しい場所になる。
そしてその優しさは、巡り巡って自分の暮らしをも豊かにしてくれるのだ。
Written by 周さと子(マカオ)