
ALOHA!アメリカ・ハワイ州在住歴8年目のMitsukiです。
私はアメリカハワイ州で正看護師(訪問看護師)として働く傍ら、国際的に活躍したい看護師さんたちをサポートする会社BeLightの代表としても活動しています。
6月で正看護師として働き始めて5年が経ちました。
この5年間は転職活動を繰り返し、「なんで自分はいまここにいるんだろう」と思い悩んだ時期もありましたが、模索を重ねた末に、自分に合う看護の分野に辿り着くことができた5年でもありました。
今月のコラムでは、この5年間の看護師としての歩みを振り返ってみたいと思います。

アメリカの看護師ライセンスを取得するプロセスの中で、常に頭にあったのは「本当にこの英語力で現場で働いていけるのか?」という不安でした。その恐怖心から、勉強への意欲が落ちたこともありました。
そんな中、最初に私を採用してくださったのは、日本出身の医師が営むクリニックでした。
クリニックのスタッフの多くは日本人で、同僚とのコミュニケーションは日本語が中心。患者さんも日系の方が多く、診療には英語も交えながら対応しました。
緊急対応が発生することはほとんどなかったため、安心して働き始めることができました。
記録や書類は英語だったので、少しずつ英語を使って仕事を進められるようになりました。
その後、認知症専門の老人ホームでも勤務しました。ここでも緊急対応はほぼなく、患者さんは安定した状態の方がほとんどでした。
薬の配布や傷の手当も、複雑な技術を要するものではありませんでした。同僚との会話は英語のみになり、ここから英語力が一気に伸びたと実感しました。
記録もすべて英語で書く必要があり、他のスタッフの記録を参考にしながら書き方を学びました。医師とのやりとりは電話が基本だったため、電話での会話を練習する機会にもなりました。

半年、1年と経つうちに、英語力や臨床で使う看護師としてのスキルを少しずつ身に付けていきました。それに伴い、応募できる仕事の幅も広がっていきました。
ただ当時は、自分がどの看護分野で働きたいのかがまったく分からず、手当たり次第に応募していました。
日本では病院に応募しても、どの部署で働くかは希望を出すものの、希望が通るかは分かりません。
しかし、アメリカでは病院の部署ごとの特定のポジションに応募する必要があります。
その違いもあり、「とりあえず働いてみる」という姿勢ではなかなか決まらず、迷いが生まれていました。
将来どうなっていくのか、看護師としてどんなキャリアを歩んでいきたいのかが見えず、苦しい気持ちを味わいました。
仕事が辛い時は「なぜ今、私はここにいるんだろう」と、目的意識を持てないこともありました。

そんな中、たまたま勧められたのが訪問看護の分野でした。
病院に併設された在宅医療の部署で、正直なところ「少し働いてから、病院内で採用してもらおう」と考えていましたが、その考えは働き始めてすぐに一変しました。
病院や施設での勤務とはまったく異なるこの分野に、私はどんどん惹かれていきました。
患者さんの命を大きく救ったり、急性期のようなダイナミックな変化があるわけではありません。
しかし、患者さんのご自宅に伺い、ご家族や介護者と関わりながら「生きることを支える」看護の魅力に深く感動しました。
教育を通じて患者さんやご家族をより良い健康状態へと導く経験や、地域に密着し、自分が地域の貴重なリソースとして役立てることの素晴らしさを体験しました。
これからは訪問看護の分野で、自分の専門性をさらに高めていきたいと考えています。
5年間を振り返って感じるのは、どんなに遠回りに思えることも、無駄に見える経験も、すべてが繋がっているということです。
そして、目の前のことに真剣に向き合っていれば、いつか自分の居場所に巡り合えるということ。
それは、その場にいる時にはなかなか分かりませんが、こうして時間をかけて振り返ってみることで、はじめて見えてくるものだと感じています。
Written by 研谷美月(アメリカ)