
木曜日の豆スープ、Ärtsoppa(エルトソッパ)にはマスタードを添えるのが定番です
「木曜日は豆スープの日」という言葉を、北欧に関心のある方なら耳にしたことがあるかもしれません。
これはスウェーデンの伝統的な家庭料理で、「Ärtsoppa(エルトソッパ)」と呼ばれる黄色エンドウ豆を使った濃厚なスープです。
木曜日に食べる理由には、キリスト教文化が関係しています。イースター前の断食に入る前日である木曜日に、素朴ながらも栄養価の高い豆スープで体力をつけたことが由来です。
長い間、木曜日の定番メニューとして親しまれてきたエルトソッパは、学校給食でも毎週登場し、スウェーデン人である私の夫にとっても子ども時代を思い出させる懐かしい味です。
しかし近年では、さまざまな理由から敬遠され、食卓にのぼる機会が減っているようです。
しっかり煮込まれた黄色エンドウ豆のホクホクとした食感と、素朴でどこかホッとする味わいは、日本人にもきっと喜ばれるはずです。

エルトソッパの材料 シンプルな材料をじっくり時間をかけて調理します
作物を育てにくい北国でも比較的安定した収穫が期待でき、栄養も豊富で、乾燥させれば長期保存も可能な黄色エンドウ豆は、かつて庶民の心強い味方でした。
しかし、近年は敬遠する人も少なくありません。その大きな理由は「味」と「手間」です。
豆スープの材料は、乾燥させた黄色エンドウ豆に玉ねぎやにんじんなどの野菜と少しのハーブ。そして重要なのが、「Fläsklägg(フレスクレッグ)」と呼ばれる豚肉です。
皮と骨付きの豚の脚肉を塩や砂糖を混ぜた水、いわゆるブライン液に漬け込んだもので、スウェーデンではさまざまな部位の肉がこの方法で保存され、多くの伝統料理に使われています。
中でもフレスクレッグはコラーゲンも栄養も豊富で、豆との相性も抜群です。
入手が難しい地域ではベーコンで代用するレシピが定番ですが、「フレスクレッグでなければこの味は出ない!」とこだわるスウェーデン人も少なくありません。
しかし、これこそが敬遠される理由でもあります。

じっくりと煮込んで栄養と味を引き出すスープ
エルトソッパの伝統的な作り方は、まずフレスクレッグを2時間ほど煮込み、そのブイヨンで豆を煮込むものです。
乾燥した黄色エンドウ豆はとても硬いため、24時間浸水させた後でも2時間ほど煮て、さらに途中で浮いてくる豆の皮を丁寧に取り除く必要があります。
レストランでもない限り、毎週これほどの手間をかけるのは現実的ではありません。
ピザやハンバーガーなどの便利で美味しい食事に慣れた人にとっては、「これほどの努力をしてまで豆スープなんて……」と思うのも無理はないのかもしれません。

木曜日には、我が家のパンケーキ担当である夫が大活躍します
ここまで読んで、「あれ?木曜日はパンケーキの日じゃないの?」と気づかれた方もいるかもしれません。
実は、豆スープの後のデザートには必ずパンケーキが出されるのです。
スウェーデンのパンケーキはクレープのような薄いスタイルで、コケモモやブラックベリーのジャムにたっぷりの生クリームを添えていただきます。学校給食でも、豆スープとパンケーキは定番のセットです。
では家庭での食事はどうでしょうか。木曜日が祝日などでない限り、学校で昼食に豆スープとパンケーキを食べ、夕食でも同じメニューが出るのでしょうか。
夫や周囲に尋ねてみると「夕食はパンケーキだけ」というご家庭が圧倒的でした。
前述のように、豆スープを作るのが大変になったことや、子どもたちがパンケーキを喜ぶこともあり、家庭での木曜日のメニューからは次第に豆スープが省かれ、パンケーキが主流になっていったようです。
こうして「木曜日はパンケーキの日」というフレーズの方が広まっていったのでしょう。

たっぷりのジャムとホイップクリームを添えていただきます
甘いものが大好きな北欧の子どもたちにとって、木曜日は最高の“ご褒美デー”と言えるかもしれません。
とはいえ、日本人の私にとっては、夕食が甘いパンケーキだけというのは今でも少し不思議な感じがします。
エルトソッパを提供するレストランは少なくなってきましたが、スウェーデンの伝統料理を提供するお店では、今でも味わうことができます。
厳しい気候の中で人々のお腹を満たし、健康を支えてきた伝統のスープ。
機会があれば、ぜひ一度味わってみてください。北欧の木曜日に流れる静かな時間を、ほんの少し感じられるかもしれません。
Written by 高見節佳(デンマーク)