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シチリアの歴史、紀元前8〜2世紀にギリシャ人が持ち込んだもの

2021年1月4日
桜田香織 (イタリア)

フェニキア人の次に入って来たのはギリシャ人

暫く前のコラムで「トラパニと塩田」について書き、外からこの島に入って来た最初の民族はフェニキア人だと言うことに触れました。

その次にシチリアに入って来たのがギリシャ人です。紀元前8世紀〜紀元前2世紀頃の話。

昔から地中海民族の代表とされるギリシャ、当時はいくつもの小都市国家で形成されていました。

アテネ、スパルタなどよく知られているものから、イオニア、コリントなどあまり馴染みのないものまで様々ですが、ここでは簡単に全てを「ギリシャ人」としましょう。

紀元前735年に島の東部タオルミーナ付近の沿岸、ジャルディーノ・ナクソスと言う街にギリシャ人が植民地を作りました。フェニキア人と同様、地中海貿易の為です。

そして翌年シラクーサにも植民地を作りました。ギリシャの植民地の中でもシラクーサはとても重要です。

アルキメデスが生まれたのもここですし、太宰治の「走れメロス」の舞台になったのもシラクーサです。上の写真は、シラクーサのデュオーモ、紀元前5世紀に建設されたギリシャのアテナ神殿が改装されたものです。

オリーブやブドウは既に存在していましたが、ギリシャ人は優れた技術で栽培の発展と拡張を行い、現在のイタリア料理に欠かせないワインとオリーブを当時からたしなんでいました。

ギリシャ神話にはちゃんとお酒の神様もいますから、生活に欠かせない物だったのでしょうね。

 

オリーブ、トリナクリア、コイン

左:カターニアの市場のオリーブ売り場、右:トリナクリア

カターニアの市場のオリーブ売り場です。シチリア産に加え、ギリシャ産も売られています。塩味も色々、味見をさせてもらってから購入するのがおすすめです。

オリーブはこのままおつまみとして食べるだけではなく、料理にも使われます。

ワインに関しては当時は水で薄めたり、蜂蜜を加えて甘くして飲んでもいたそうです。まだまだ今のように保存の技術はありませんでしたから、置いておくとお酢になってしまうのを避けるためだとか。

彼らは島の南、北にも植民地を作りましたが、パレルモのある西側だけは天敵カルタゴ(今のチュニジア)の勢力圏であったため、足を踏み入れる事ができませんでした。

それでもシチリア島の沿岸を回った彼らは島が逆三角形をしていると言うことは理解していて、この島に「トリナクリア」という名前を付けました。三つの岬という意味です。

2500年前に付けられたこの名前、そして当時のギリシャ人が生み出したシチリアのシンボルマークが、今もほぼそのまま使われているというのが感動的ではありませんか?

3本足のシチリアのシンボルマークの壁掛け、お皿、カップなどなど、小さなものもあります。ちなみに太陽もシチリアの象徴。シチリア土産にいかがでしょうか?

下の段、左から2つ目のコインはなんと紀元前4世紀のもの

下の段、左から2つ目が当時のデザイン、シラクーサの考古学博物館で偶然見付けました。紀元前4世紀のコインです。自分でもよく見付けたなぁと言う感じでしたよ。

そして現在のデザイン。小物からかなり大きな物にまでこのデザインが使われています。

 

イタリアのホームパーティにも欠かす事ができないもの

この時代にひよこ豆やレンズ豆を使ったスープ、蜂蜜や様々なチーズが生まれました。

肉、魚、卵もふんだんに食べられるようになり、ドルチェと山盛りのフルーツが食後に出されていたという話ですから、後の食べることをこよなく愛するイタリア人の「食のスタイル」の基本が出来たと言うことですね。

様々な種類のチーズは現在のホームパーティにも欠かす事ができません。

塊のままドーンと出して、それぞれがナイフで切り分けるスタイル、最初はびっくりしました。豪快でしょう?

左:シチリアのさまざまなチーズ、右:出来立てのリコッタは格別!

今ではすっかりと慣れてしまいましたが、日本でこれをやろうと思ったら、一体幾らかかるのでしょうね(笑)

チーズはイタリアの食卓には欠かせません。北イタリアではフランスと同様、食後に出されるのが普通ですが、何故かシチリアでは前菜としてチーズが出されることが多いです。

特にホームパーティでは、必ずと言って良いほど最初にサラミ類と一緒にチーズが出ます。

リコッタも食べられていました。リコッタは、チーズを作った後のホエーに凝固剤を加えて再加熱して作ります。

日本ではリコッタチーズと呼ばれますが、イタリアでは「リコッタはチーズではない」と言う認識です。別物なのですって。

住んでいてもなかなかお目に掛かる機会は少ないのですが、出来立てのリコッタは格別です。穴の空いた玉杓子ですくって器に入れ、熱々をスプーンで食べるのです。

パレルモの市場で運が良ければ出会えることがあります。見かけたら是非どうぞ。

紀元前3世紀にはシラクーサでギリシャ人によって書かれた料理本が出版され、ほぼ同時期にやはりシラクーサで料理学校が設立されています。

これらの事実から「単に空腹を満たす為の食事」から「食を楽しむ文化」に発展した事がわかり、それが最も驚く事だと私は思っています。

そして現代ではごく当たり前となった「持ち寄りパーティ」も行われていたそうです。何を持ち寄ったか具体的な記録は見付けられませんでしたが、凄い事ですよね?

シチリアで(他の都市でもそうですが)オリーブをつまみながらワインを飲む時、私はついギリシャ人のことを想ってしまいます。彼らのお陰でおいしいワインが飲めるのだなぁと、有難い話です。

身近な「食」を通してみると、長いシチリアの歴史もそう難しくないなと思えてきます。

Written by 桜田香織(イタリア)

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