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日本語教師の現場から。分かりやすい教案作りの秘訣とは?

2020年11月24日
アレン真理子 (イギリス)

授業が始まる前から戦いは始まっている

「はーい、みなさん、今日は!」と大声で、満面の笑顔で。これが、新学期で最初のクラスを始める時の掛け声である。

10年近く日本語教師をしていても、この瞬間だけはいつもとても緊張する。どんな学生達なんだろう、どんなクラスになるんだろう、うまく意気投合していけるかしら、と毎回ドキドキなのだ。

初回のクラスでは日本語初心者が対象であっても必ずこうして日本語で挨拶し、「お名前は?」と日本語で聞く。

「私はアレンです!」と自分を指差し、そのあと「お名前は?」とクラス名簿をちらつかせながら聞くと、「あ、名前を聞かれてるんだな」と察してちゃんと名前を言ってくれる。

最初のうちは周りにいる学生達は「なんだ、なんだ、この先生、日本語しかしゃべらないぞ。これは初心者クラスだよねぇ?」と慌てている様子だが、数人に聞いているうちに「お名前は?」の意味がすっかり通じて、安心して自己紹介してくれる。

そこでさりげなく「日本語はどうですか?」とまた日本語で聞いてみる。すると目をまん丸にして硬直する学生もいれば、「アニメで勉強した!」という学生もいる。

そんな学生の名前には密かに星印をつけておいて、あとで発表する時、一番に指名する時はこの学生。。。とメモをとる。

発音が難しい学生の名前はちゃんと発音できるようにその場で練習をする。こうして学生のレベルや特徴を頭に焼き付けながら、さっと座席表を作る。

日本語のすごろくで遊ぶシンガポーリアンの学生達

これを25名から30名のクラスでするのだから、実は授業が始まる前から私の戦いは始まっているのだ。

日本語教師に必要な資格や経験についてはざっくりと前回のコラムで紹介したので、今回は現場の状況がどんなものか、読者にも垣間みていただけたらと思う。

教師という職業に共通することだとは思うが、日本語教師の仕事の中心となるのはとにかく教案作り。

実際の現場で教える数時間はいわば舞台の本番で、実は舞台裏に費やす時間の方が膨大に多いのだ。新米の時は2時間の授業に、5,6時間以上かけるのは普通だった。

いつも頭にあるのは「どんな授業だったら学生が楽しみながら学べるか」。

自分も教科書棒読みの英語の先生の授業退屈だったなぁ、逆にたくさん画像や実物を見せてくれて実際にいろいろ練習できる授業、楽しかったし、今でもよく覚えているなぁ。

 

語学は耳から入る、目で楽しむ、口に出す

書き初めを体験する学生達の様子

ここで初心者向け授業の一場面をご紹介したい。ものすごく基本的な文法や語彙の導入でも、教科書の例文だけに頼らない。

「それはなんですか」
「これはえんぴつです」

こんな会話、実際には使いませんね?鉛筆というのは見たら分かります。我々が英語を勉強した時の‘This is a pen, that is a pencil.’と同じで、とっても退屈。

口頭練習をしても頭に入らないし、ただでさえお疲れの会社帰りのサラリーマンはそんな授業をしたら机に突っ伏して寝てしまう。

こんな時、美味しそうなお寿司やクリームソーダの形をした消しゴムを使ったらどうだろう。

学生のうちの一人が ’What’s that?‘と聞いてくる。私は英語ですぐに答えないで「それはなんですか?」と言わせる。周りの学生にも2,3回言わせる。

「それはなんですか。」(学生に全員揃って私に質問してもらう。)
「これは消しゴムです。」(消しゴムを見せながら私が答える。)

何度か繰り返すうちに「それはなんですか?」がWhat is that? ということが自然に頭に入ってくる。

Sore wa nan desuka? = What is that?

最初からこんな怪しい記号のようなものを黒板に書くよりずっといい。発音もローマ字を読むのでなく、耳から入って真似しているので、ずっと完璧に近いものになる。

こんな感じで授業を進めると最初は戸惑いがちの学生達もそのうちコツをのみこんでついてきてくれるようになる。

こうして学習者自身が考えてパッとひらめくような授業をするために、教案作りの際はいつもごぞごぞとめぼしいものがないか、変わったものがないか、日本っぽいものはないか、と宝探しのごとくである。

そんなことをしてるから、当然時間はかかる。でもその価値は十分ある。

 

理解してもらえる教案作りのポイントとは?

私の教案作りのポイントは:

・イラストや写真、動画をふんだんに使う。
・日本語をたくさん喋るための「すぐ使える会話」を導入する。
・雑貨や国内旅行のパンフレットなど、目新しい日本のものはどんどん使う。
・黒板やパワーポイントのスライドを見つめるだけでは飽きるので、手元でクラスメートと練習できる教材も準備する。(小さなカルタ、絵カードなど)
・簡単な宿題をだし、毎回こまかにチェックしてコメントを書く。
・授業の最初の数分を使って、日本の祝日や日本特有の文化を紹介する。

こうして、練りに練った教案をもとにした授業には学生も熱意をもってついてきてくれる、と今では自信をもって言える。

以前、社会人が中心の静かなクラスを担当したことがある。一生懸命盛り上げても、どこかシーンとしている。

が、最後のアンケートのコメント欄には「最初の5分の日本文化の紹介はいつもすごく楽しみでした。」「こんな静かなクラスをこんなに盛り上げてくれてありがとうございます!最高に楽しかったです!」とあった。

日本文化の紹介は授業のお楽しみの一つ

一番前に座っていた、あまり喋らない静かな学生達のこのコメントに私は狂喜した。生真面目で恥ずかしがり屋の学習者が多かったクラスだが、ちゃんと授業は吸収してくれていた。

日本語教師の仕事は下積みも長く、準備にも膨大な時間がかかり、どんなにフォローしてもふっとやめてしまう学生もいる。でも私はこんな嬉しいフィードバックを聞くために、今日もせっせと教案を作る。

学生には少しでも日本のことを知ってほしいし、語学を学ぶ楽しさに触れてほしい。そして自分もいつまでもこうして日本とつながっていたいから。

Written by アレン真理子(イギリス)

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