本書は、「まぼろしのパン屋」「ホルモンと薔薇」「心のかえる場所」という三話の短編小説で構成されている。
主人公は、全て中年男性、いわゆるおじさんである。
興味の対象がまったく違うおじさん、怒りだす地雷ポイントがよく分からないおじさんは、普段は少々恐怖の対象だったりするが、この本を読んでおじさんの心理に少し近づけた気がした。
そして思ったのは、おじさんも悪くないかもしれないということ。
第一話の「まぼろしのパン屋」の主人公は、不動産開発業者の高橋。
「パン屋の話なのに、なぜ土地の話?」という疑問を横にストーリーはテンポ良く進んでいく。
高橋は私大経済学部を出て、就職面接を連続で落ち十社目に大手鉄道会社の大量採用でなんとか現在の会社に採用された。
万年課長確定のままサラリーマン人生を終える予定が、会社の資産を預かる財務部長に指名され、運命の大きな転機に巻き込まれていく。
パン焼きマニアになったのは、高橋の妻だった。
日々、近所に分けても余るほど大量の手作りこだわりパンを焼く妻に、「捨てるわけにはいかない。食うしかない。」と文句も言わず消費する、米と納豆の朝食で育った高橋。
しかし腕を上げていく妻を実感してもいて、「店を出してもいけるんじゃないか…」とも思っている。
その高橋が思わぬ形でぐんぐんと出世を遂げ、最後は思わぬ形で、パン屋の話にハッピーエンドに繋がっていく。
タイトルは「まぼろし」だが、むしろ「しあわせ」感がある。ちょっと不思議なファンタジーとおじさんのほっこり感に満ち溢れたストーリー。
第二話の「ホルモンと薔薇」の主人公は医者。
ホルモンと言うと、腸。
主人公の村岡は、日々手術をこな大腸外科医、四十四歳。
村岡は日々思う、「人間の腸ほど美しく、麗しい景色はない。」と。
それ程こよなく腸を愛する村岡は、ホルモンを食べることも好きである。腸の手術をした後に、焼肉屋でワインと共にホルモンを楽しむのが何よりの楽しみ。
薔薇の香りがするというモロッコワインやひったくり犯逮捕劇、親子愛、そして真っ赤な薔薇にあふれるジープが登場して…、はちゃめちゃだが美しい話に仕上がっている。
第三話の「心のかえる場所」の主人公は、元姫路の愚連隊カシラにもかかわらず、高校を卒業してJRの車掌になった荒井。
流行っていないおでん屋で働き、養ってくれた母親に真面目になってくれと泣きつかれて就職、すっかり更生したかと思いきや、退屈な日常にイラつく、むかつく。
特攻隊復活かと思いきや、意外な展開につながり、最後はほっこりさせてくれるエンディング。
日頃思考回路も、その行動様式もなかなか理解が難しいオジサンたちであるが、この本を読めば、何となくおじさんも悪くない、むしろいいなと思えるのがこの本の不思議なところである。
普段とちょっと違うジャンルの、心がちょっとほっこりする話を読みたい時におすすめ。
Written by 藤村ローズ