廃用身とは、主に介護の現場で使われる医学用語で、脳梗塞などの麻痺で動かなくなり回復しない手足のことをいう。
この小説の舞台は神戸の老人デイケアクリニック。
院長の医師漆原はある日、廃用身を持つ老人に対して画期的療法を編み出す。
その名も「Aケア」。
英語の「Amputation(切断)」の頭文字に、介護の「Care」を付けたもの。
思うように動かすことができない手足を切断することで、患者のQOLが向上するという。
また要介護者の体重が減ることで介護者にとっての負担も減る。
人の手や足の一部もしくは全部がなくなると、見た目的にはやはり奇妙かもしれないが、それを上回る効用を得ることができる画期的な治療。
もし見た目的に気になるのであれば、もちろん義手や義足を着けることもできる。
最初は自分の考えに葛藤を感じていた漆原医師であるが、脳梗塞で左腕と両足が麻痺し床ずれから感染症にかかり、抗生物質が効かず悪化してガス壊疽を起こしてしまった患者に対してAケアを提案してみる。
ガス壊疽にかかったのは左足だけであるが、右足と左腕の切断も。患者は体重90キロを超える巨漢で、その重みが床ずれを悪化させていたのだ。
患者は当然躊躇するが、ガス壊疽にかかった左足は切断しなければ命にも関わってくるので、まず左足だけ切断に同意する。しかし左足を切断しても床ずれは治らず、ついに患者は右足と右腕の切断にも同意する。
そうしたら、左右のバランスが取れたことで床ずれが治ってきたのだ。しかも常にしびれと冷たさに悩まされていた廃用身のあった場所に暖かささえ感じるようになったと言う。
それだけではない。
体が軽くなったので、残った右腕を使って自力で移動できるようにもなる。
これを見た他の老人たちからも「自分の廃用身を切ってほしい」と要望が出るようになった。
しかも手足に回る分の血液が脳に行くようになった為か、痴呆の症状も劇的に改善していく。
麻痺した手足を切断して、元気になった老人たち。紆余曲折はあるにせよ、Aケアによって老人たちが幸せになっていく。
ところがある週刊誌によって、漆原医師やAケアがスキャンダラスに取り上げられ崩壊が始まる。
ここまででも十分面白いストーリーなのだが、ここから視点が全く変わる。
この転換の斬新さがこの本を読んでもっとも印象に残ったことだ。
著者にあっぱれとしか言えないほどの意外性であった。
この本の著者、久坂部羊氏は医師である。
老人デイケアに勤務する医師であるから、伝わってくる医療現場のリアルさは間違いなく本物である。
それだけではなく、よく切れるメスのような描写とスケールの大きな転換が実にお見事。
このからくりを体験してみたい人はぜひ本書を読んでみてほしい。
Written by 藤村ローズ(オランダ)