「満州」と聞くと、あなたは何を想うだろうか。
私はある時から他人事とは思えない複雑な想いを抱くようになった。
無事に日本に帰国できた人に対して、「無事に帰って来られて本当によかった」という思いが込み上げ、テレビの特集などがあると、大変な困難を想像しすぎて辛くて見られなくなってしまった。
それは義母が、満州からの引揚者だったからだ。
彼女はとても心温かくおだやかな人で、私に対しても初めて会った日から優しく接してくれ、今までどれだけ気持ちを支えてもらったか分からない。
義母は当時2歳だったそうだ。その時の記憶は何もないという。分かっているのは、両親の知人が日本に連れ帰ってくれ、その後は祖父母に預けられたということ。父母と弟がいたが、再会は叶わなかったという。
この話を聞いた時、私は中国の北京に留学しており、旧満州を訪れたことはなかったものの、戦争関連の資料館で見たものなどを思い出し、当時の状況をリアルに想像してしまった。
それまでは歴史の教科書の中での出来事だったものが、私の人生に直接関わってきたことを感じた。
彼女が日本に戻ってきていなければ、私の夫となった人もこの世に存在していなかっただろうし、彼との間に生まれた息子もいなかったはずだ。そう考えると、人の命はとても重い。
本書には、当時の状況が克明に綴られている。その様子は言葉で言い尽くせないほど非常に過酷なものだ。本書の主人公のいっちゃんは当時10歳。そんなまだ幼い子供が6歳の弟を連れて、日本に帰国するまでの実話である。
昭和20年8月15日に日本が戦争に負け、平和だったいっちゃん家族の生活は急激に変わり始めた。
学校に通うことができなくなり、日本人経営のお店が閉店し、郵便局や銀行も閉店してお金を下ろすことができなくなった。家にあるものを売ってわずかな現金を得て、一日一日を生きのびるのに必死な日々となった。
そしてようやく待ちに待った「帰国ができる」という知らせ。ただ、諸事情から家族は一緒に帰国することができず、いっちゃんと弟のキヨちゃんは父の仕事場の人が引き受けてくれた。
日本行きの船が出る「葫蘆島」までの長い長い道のり。鉄道に乗ってからまもなく、父の仕事場のおじさんは鉄道内でおそらく亡くなり、はぐれてしまった。
10歳と6歳の子供が「絶対に手を離してはいけないよ」というお母ちゃんとの約束をただただ胸に、手と手を取り合って歩き続ける。たくさんの人々が亡くなり、涙なくして読み進めることができないシーンがいくつもある。
義母の口からは、彼女自身の記憶がないために聞けなかった話が、この本には非常に詳しく描かれている。
それは、著者である望月泉さんが強い想いを持って、母親であり本書の主人公である望月郁江さん(いっちゃん)に、当時の辛い記憶を語ってもらいながら、綿密な調査による事実による肉付けしていったからだと思う。
この本には、日本人として忘れてはならない事実が書かれている。だからより多くの人に読んでほしい。そして、平和の大切さについて今一度考えてほしい。
新型コロナによって私たちは今まであり得ないと思っていた衝撃を経験したが、まだ戦争など起こりかねない事態が起こるかもしれない。いや、絶対にそうなってはならない。そのために、私たちは事実を知る必要がある。
本書はお子さんにも読んでほしいという想いから、漢字にはルビが振ってある。内容は濃いが、読みやすい分量で一気に読んでしまうことだろう。ぜひご家族で読んでほしい一冊だ。
Written by 藤村ローズ(オランダ)