今回ご紹介するのは、中野京子著の「名画の謎 旧約・新約聖書篇」。
海外生活をしていて、なんとなく美術館へ足を運ぶ機会が増えた方も多いのではないだろうか?
その国や地域のアイコンになっていたり、イベントがあったり、美術に興味がなくてもその存在を知らざるを得ないほど絵画は身近にある。国が宝としている絵画や彫刻を見てみたいと思うのは自然なことだろう。
でも、実はよくわかっていないのが、宗教画ではないだろうか?
なんとなく「イエス様がいて、マリア様がいて、たくさん天使がいて…」といった印象を持っている人も多いかもしれない。
現代版になっているものでさえ、その時代の社会風刺の絵かと思いきや、宗教がバックグラウンドになっていたりして、知っておかないと理解不能な絵は多い。
そんな疑問に対してわかりやすく、面白く解説してくれている本が、中野京子さんの『名画の謎』シリーズ。
中野京子さんといえば、『怖い絵』シリーズで、美術史では珍しいベストセラーを出し、美術界を盛り上げている仕掛け人の一人。怖い絵シリーズは展覧会にもなり、人気のあまり開演時間が延長にもなったという。
中野京子さんの解説は明快であり、日本人としてぽっかり空いているギャップをしっかり埋めてくれる。
他の解説本だと、旧約聖書も新約聖書もよく違いがわからないまま、話が進んでしまうことが多いが、本書はなんとなく理解した気になっている私たちのために、中野さんがしっかり優しく説明してくれる。
その後、旧約聖書または新約聖書の物語を巨匠達はこう表現したという展開になっているから、「なるほど!」となる。
人気のある同じ題材で描かれていることはよくあるが、巨匠達はそれぞれの能力、時代背景で描くのだから、そこが腕の見せどころというわけだ。
この本のわかりやすい特徴は、旧約聖書の題材の絵画と新約聖書の題材の絵画が分けて説明されていること。これが重要ポイント。
多くの本は巨匠別になっているので、旧約聖書も新約聖書も、ごちゃ混ぜになっていることが多々ある。
宗教を歴史の一部として理解している西洋人にとっては大した問題ではないが、よくわかっていない日本人はこの辺りでお腹いっぱいで、「ふーん、素晴らしいですね」とわかったふりをするしかない要因であったに違いない。
この本の旧約聖書の章に、ブリューゲルの『バベルの塔』がある。ノアの方舟で生き残ったノアの曾孫の代のエピソード。
古代メソポタミアのバビロニア。洪水に懲りたノアの曾孫は、「頂が天に届く塔を建て、大いに名を上げよう」と平坦な砂漠の中に突如出現する巨大な人工物を建てさせた。
その高さに神が怒り、言語を乱して仲間の言葉が通じないようにしたことが、人類が多様な言語を持つに至った由来を説明したという言われる逸話。
ブリューゲルがバベルの塔を描いた時代、アントワープで特に好まれていた題材だという。同じ題材の絵画の8割が、アントワープの画家だという。
この16世紀半は、アントワープが貿易で栄えていた。経済中心の街への警告だったのだろうか。畏れを感じていたのであろうか。
アントワープの歴史と交差しながら絵を見ると、右下の海と船舶のあたりはアントワープがモデルだという。多くの画家が同じ題材で描いたが、「ブリューゲル作に敵うものはない」と中野氏も言及。
本に載っているのは「大バベル」だが、その「小バベル」がオランダ・ロッテルダムにあるボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館(Museum Boijmans Van Beuningen )に常設されているというので、ロッテルダム在住の友人と待ち合わせて行ってきた。
ただなんとなく行くより、「これを見に行く!」という目的があるのはなかなか楽しく、しっかり見てきたと自負。中野京子さん監修美術館ガイドになった気分の1日。
ちなみに、同本の新約聖書の章に、同じくブリューゲルの『ベツレヘムの人口調査』がある。こちらは、ブリュッセルのベルギー王立美術館に常設されている。こちらを見たい方いらしたら、お声掛けくださいね。
Written by ホーゲデウア容子(ベルギー)