レッドセンターに抱かれた町「アリスススプリングス」
オーストラリアのノーザンテリトリーに横たわる町、アリスススプリングス。
オーストラリアの中央に広がる赤土の大地「レッドセンター」のほぼ真ん中に位置する、人口約2万6千人の小さな町である。
「地球のおヘソ」と呼ばれるウルル(エアーズロック)に一番近い町としてその名を馳せており、オーストラリア人ならば知らない人はほとんどいないであろう町。
私もこの町の名前はずっと知ってはいたのだが、いったいこの町に何があるのかなどは考えたこともなかった。
そして今年3月にウルルを訪問した際に、そんな「さほど興味がなかった町」を「ついでに」訪れてみることにした。
ウルルから長距離バスに揺られること約6時間。
「ついで」に行くには結構な長距離を走り辿り着いたその町は、オーストラリア大陸の真ん中に優しく抱かれているような佇まいを見せていた。
アリススプリングスに無線電信所(Telegraph station)が設置されたのは1871年。これをきっかけに、オーストラリアの北の町ダーウィンと、南の町アデレードが無線で繋がることとなった。
2つの町の距離は直線にして2,618キロ。インフラがほとんど存在していなかった当時のオーストラリアにとって、アリススプリングスの無線電信所は革命的存在だった。
そしてこの電信網はオーストラリアから海を超えてロンドンへと拡大し、オーストラリアとヨーロッパをスピーディーに繋ぐ先駆けとなったのだ。
アリスススプリングスはとにかく乾燥している。町に横たわる川はほぼ年間を通して干上がっているらしいのだが、私が訪れる数週間前に記録的豪雨に見舞われ、珍しく川が氾濫したそうだ。
私が訪れた時、その川は氾濫から完全に元通りになっており、水のない川底の上をのんびりと歩くことができた。
時折、オーストラリア先住民、アボリジニ民族の人たちが川底に輪になって座って、なにやらにぎやかな声を上げているのを見かけたりもした。
私が住んでいるシドニーの市街地あたりで、グループで輪になって座っているアボリジニ民族を見かけることはほぼ皆無なこともあり、「ちょっとリアルなオーストラリア」を眺めている気分になった。
アリススプリングスは、赤土の台地の上で自然と人間が一緒に生きている場所。
6万年もの間、アボリジニ民族が敬い守り続けてきてくれたこの土地を今回始めて訪れてみて、真の「Sprit of Australia」を感じたような気がする。
アボリジニアートのギャラリーを訪れたり、町の建物の壁に描かれているアートに目を奪われたり、過疎地に住む人々の命を救うためにアリススプリングスの大空を飛び回る、フライングドクターの勇姿に心を打たれたり。
人懐こい笑顔が印象的なアボリジニ民族の女性とのちょっとした交流にも恵まれた。彼女が突然私に言ったあの一言が、彼女の笑顔と共に今でも私の心に鮮明な記憶として焼き付いている。
あの出会いはもしかしたら、私がこの国に導かれてきた目的にほんの少しだけ近づいたサインなのかもしれない。
レッドセンターに宿ると言われている「Strange Power」。もしかしたら、私がこの町にふらりと訪れたのは実は気まぐれじゃなく、この不思議なパワーのせいなのかもしれない。
Written by 野林薫(オーストラリア)