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初のマレーシア産ウイスキーTimahが巻き込まれた多文化国家ならではの問題とは?

2021年11月26日
土屋 芳子 (マレーシア)

初のマレーシア産ウイスキーTimah

国の宗教はイスラム教のマレーシア。国民全体の6割がイスラム教徒のムスリムですが、中華系やインド系も同じマレーシア人。

お酒を出すレストランやパブ、豚肉を提供する中華レストランやスーパーやなど普通にあり、食生活において特に不便は感じません。

それぞれの宗教やライフスタイルを尊重して共存しているマレーシア人ですが、たまにノンハラルの食べ物をハラルレストランで出されたなどの間違いがあった時は大きな問題になります。

今回勃発したのはウィスキー事件。「Timah(ティマー)」という名前の、マレーシアで初めて作られたウィスキーをめぐる事件です。

このウィスキーは、輸入された2種のピーテッドモルトと、マレーシア産のスピリッツをブレンドして作られました。マレーシア産のスピリッツの1つはサトウキビを原料としており、いわばラムとブレンドしたウィスキーという感じのようです。

ウイスキー愛好家の間では、厳密な意味でのウイスキーではないという評価もありますが、マレーシア産の初のウイスキーとして、多くの方に親しんでもらいたいという願いが込められています。

2020年のサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティションで銀メダル、インターナショナル・スピリッツ・チャレンジでも銀メダルを獲得し、2021年に開催されたインターナショナル・ワイン・アンド・スピリット・コンペティション(IWSC)では92点を獲得しました。

さらに、インターナショナル・ウイスキー・コンペティション2021で「ベスト・マレーシア・ウイスキー」賞を受賞し、次第に有名になっていきました。

 

ウィスキー事件の発端とは?

普通の人にはこう見えるが、とある政治家にはこう見える(右)

ブランド名のTimahは、バハサ・マレーシア語で「スズ」を意味する言葉で、英国領マラヤの錫採掘時代を彷彿とさせます。

ボトルのラベルに描かれているのは、トリストラム・チャールズ・ソーヤー・スピーディ大尉(1836 – 1911)。スピーディ船長はイギリスの探検家で、1871年にマラヤに渡り、1873年にはペラ州のラルートという錫の採掘場で起きた暴動の鎮圧に貢献した人物だそうです。

事件の発端は、このラベルに書かれている商品名「Timah」から。ある国会議員が、Timahウイスキーを飲むのは「マレー人女性を飲むのと同じ」と発言したのです。

彼曰く、Timahはマレー人女性によくある名前「Fatimah」を略した言葉であるから、ノンハラルである商品名にこの名前をつけることは混乱を生む行為だと。政府はこれを受け、ブランド名の変更を要請しました。

これを受け、酒類メーカーのWinepak Corporation (M) Sdn Bhdは、10月16日に自社のFacebookページで、この名前はマラヤの長いスズ採掘の歴史に敬意を表したものであり、ラベルに描かれている人物は英国植民地時代にマラヤに駐在していた英国人将校、トリストラム・スピーディ大尉であると説明しています。

この日から、ソーシャルメディア上では議論が沸き起こりました。

普通に客観的に考えたら、単なる言葉遊びのいじめにしか思えません。たまたま似てしまった言葉を追求していったらキリがありません。

そもそも、商品登録の申請の時点で気づくべき事柄だったのに、一度許可を出しておいて、その後宣伝広告などに企業が取り組んでいる最中に禁止にするというのはどういうことなのでしょう。

 

政府の逆宣伝効果で、全国民が知るブランドに

多文化の国と地域に住んでいるマレーシア人は、実際に使われている言葉ではなく、間接的、暗示的な言葉であっても、どこまで気を配らなければならないのか、非常に敏感な問題です。

マレーシアでは、マレー語が国語でありながらも、ムスリムが不快に思う言葉をマレー語で表記しないようになっていて、例えば、豚はマレー語でBabiと言いますが、この文字を見ることはめったにありません。

ノンハラルレストランではメニューの表記が中国語と英語であることが多く、マレー語での表記はないからです。

また、ウイスキーのボトルに描かれている髭面の男性が、イスラム教のコピア(頭巾)をかぶっているように見えることも問題視されました。イスラム教徒のイメージを持つ人がお酒を宣伝していると。

難癖のようにしか思えませんが、当のウイスキーメーカーからしたら笑っていられません。政府から禁止を言い渡されたら、操業できなくなってしまうからです。

一方、お酒を販売している会社は、これを一つの商機だと捉えました。

もしTimahウイスキーが政府から禁止されたら、在庫が売れなくなってしまう。今後このウィスキーが流通しなくなった場合にプレミア価格がつくことを想定し、買い漁る客も多いです。みんな一斉にオンライン上でPRして売り始めました。

これまで一部の人しか知らなかったTimahウィスキーは、政府の逆宣伝効果で、今は全国民が知るブランドとなりました。

二転三転した後、政府は11月13日に、Timahに追加のラベルを付け、この人物についての説明を書き加えることで、ブランド名を変更せず販売してよいと認めました。

これにて一件落着。多国籍文化の中にいると、思いがけないことがあるものです。

【Timahオフィシャルページ】
https://www.timahwhiskey.my/

Written by 土屋 芳子(マレーシア)

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