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「ファン・ゴッホ兄弟は鏡のようだった」たゆたえども沈まず 原田マハ著

2021年12月6日

フィクションからリアルに浮かび上がるゴッホの人生

世界的に有名な画家、フィンセント・ファン・ゴッホを知らない人はいないだろう。日本では「ゴッホ」と呼ばれているこのオランダ人画家の生涯は、非常に不遇なものであった。

37年間という短い人生。あれだけの質と量の作品が生前に1枚しか売れなかったというのは、不遇という一言で片付けてしまうのはあまりにも短略だ。

まだ印象派が認められていなかった時代に、芸術の都パリに身を焦がれるほど憧れ、懸命にもがき、努力が実らないまま人生を終えてしまったということが残念でならない。

オランダ在住の筆者はゴッホ美術館(Van Gogh Museum)を訪れたことが何度かあり、その作品の素晴らしさだけでなく、彼の人間関係、どんな時も絵を描き続けた原動力など、フィンセント・ファン・ゴッホという人物そのものに魅了されてきた。

手紙などの展示物から、弟のテオとの兄弟愛の強さは知っていたものの、本書の中で「ファン・ゴッホ兄弟は鏡のよう」と表現されている二人の関係性をより鮮明に理解することができた。

本書はフィンセント・ファン・ゴッホが自殺するまでの出来事を、歴史をたどりながら、分かりやすく綴っている良書である。

ただし、この本は「フィクション」である。ジャンルで言うと、「アート・フィクション」。つまり、芸術に関する架空の物語。実在の人物に混じって架空の人物が登場したり、現実には起こっていない創造されたドラマティックな展開があったりする。

例えば、ファン・ゴッホ兄弟や画商の林忠正は実在人物であるが、重要な登場人物である加納重吉が架空の人物であったり、ゴッホが自殺したピストルの出自は史実上では分かっていないが、本書ではテオの護身用のピストルとされていた。

作中では加納重吉はテオと国籍や文化を越えた友情を築き、彼を支え、ゴッホが耳先を切り落とした後にも一緒にアルルに駆けつけるほど、ファン・ゴッホ兄弟に大きな影響を与えた人物である。

その重吉が実在しない人物だという事実を「あとがき」で知った時に、著者の原田マハ氏の実力に圧倒されることとなった。それほどまでに、ゴッホやその周りの人物たちがイキイキとリアルに描かれている。

最後まで読み終え、本を閉じる時には、原田氏のその情熱と筆力に見事にしてやられたことを認めるしかなく、畏敬の念が湧いてきてしまうほどだった。

それは著者がたくさんの資料を読み込み、何度も現地を訪れ、何年もの構想を経て、ゴッホが著者の頭の中で息づき始めてから執筆されたストーリーであるからに違いない。

架空の作り事だから紛らわしいではなく、ゴッホをより立体的に理解するのを助けてくれるものとして、ゴッホ初心者からゴッホマニアにまで読んでほしい。

本書には解説書がある。「ゴッホのあしあと」では、それぞれの場面を書いた経緯や、フィクションの箇所などについて、著者の原田氏が丁寧に解説している。

「たゆたえども沈まず」を読んで、あまりのリアルさに事実だと思い込んでいたことがフィクションだったという発見もあり、また嬉しい「やられた」感が味わえる。こちらも併せて読むことをおすすめしたい。

Written by 藤村ローズ(オランダ)

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