サントスのビーチにはトミエ・オオタケという日本人アーティストがデザインした、波型のオブジェが建っている。かつて海を渡ってブラジルにやってきた日本人移民たちの血が、この土地に脈々と息づいていることを表現したものだそうだ。
また、近くには日本移民の記念碑の銅像も建っている。石碑に日本語で刻まれた「この大地に夢を」という文字が力強い。
ここに降りたった多くの日本人移民が祖国を思いながらも勤勉に遠く離れたブラジルの発展に貢献し、この土地のエネルギーになっているんだなと思うと感慨深かった。
サンパウロに滞在した5日間は、日本語が話せる親戚のひとりの家に宿泊した。出かけるときは必ずいとこや親戚たちが代わるがわる同行してくれた。
なぜか亡くなった長男いとこの娘の嫁ぎ先の舅と姑が観光や夕食に同行したり、親戚の友人が長時間運転手をつとめてくれたり、本当にたくさんの人がおもてなしをしてくれた。
伯母夫婦と同じ時期に移民したという沖縄出身のおばあちゃんと話す機会もあった。簡単なうちなーぐち(沖縄の方言)で話すと、嬉しそうに私の手を握ってうなずきながら何度も同じ質問をしてきた。
帰り際は、名残惜しそうに私のほっぺたに軽くチューをしてくれた。伯母も長年のブラジル生活の中で、自分の子や孫にこんな風に接していたのだろうか。
おばあちゃんの家の庭に生っている小さなゴーヤーの実が「ウチナーンチュ(沖縄県人)がここに住んでますよ」とささやかに言っているようだった。
サンパウロ市内に観光に行く際、親戚たちから口々に「治安が悪く泥棒が多い。気を付けて」と言われていたけれど、グアヤキルよりも安全だと感じた。
ここ1,2年でグアヤキルの治安は急激に悪くなり、場所によっては小さな店でも銃で武装した警備員を配置している。サンパウロは大都会で人も多く治安は悪いかもしれないがグアヤキルのように物々しい雰囲気ではなかった。
サンパウロ市内には地下鉄も通り、リベルタージという日本人街は、まるで日本の飲食街のようだった。
サンパウロ美術館(MASP)も訪れて、ゴーギャンをはじめ著名な画家の作品の鑑賞も楽しんだ。観光地ともなっているサンパウロ市営市場も訪れた。
色とりどりのフルーツや野菜が並べられた活気のある売り場をひととおり見た後は、有名なパンにハムがこれでもかというほど詰められたモルタデッラサンドを親戚とシェアして食べた。
そしてバットマン横丁(Beco de Batoman)という壁に描かれたカラフルなアートが有名な場所を訪れたり。親戚たちが多く住むサントスとはまた違った、モダンな雰囲気を楽しむことができた。
サンパウロ最終日前日、一緒にビーチに行った従姉が、帰り際に私を見送りながら静かに涙をぬぐっていた。従妹同士なのに、私と彼女が会うのに何十年もかかってしまった。
もしかしたら「また会えるかな。もしかしたら、これが最初で最後かな」と思っていたのかもしれない。
そんな彼女は、私の滞在初日に親戚たちと一緒に撮った写真がタイルにプリントされた置物と、サントスの夕焼けの絵が描かれた置物をプレゼントしてくれた。目にするたびに初ブラジルの思い出がよみがえる、最高の贈り物だ。
夫は私がブラジルでの体験を涙ながらに話すので、「良い旅でよかった」と喜んでいた。
今回、夫は肩をひどく痛めて旅行どころじゃなかったので、安静のためグアヤキルに残ってもらったのだが、次回は絶対に一緒にブラジルを訪れたいと思う。帰ってきてから数週間経つが、私のブラジルへの興味と思いは未だ冷めない。
伯母夫婦がブラジルに渡った頃とは時代が変わり、世界中どこでもネットでつながって、気軽に旅ができる時代になった。
SNSやグーグル翻訳のおかげで、外国人とのコミュニケーションもだいぶ簡単になっている。今こそ海外移住などのハードルは低くなったが、戦後に外国に移住した日本人移民たちには私たちには想像できないほどの決意と覚悟があったと思う。
エクアドルに住んでいる間、アマゾンやガラパゴスへ旅をして、自分の知らなかった世界を見たり、新しい価値観に出会ったりした。
対して、今回のブラジルへの旅は自分の人生や家族について深く考える、心にとてつもなく温かい感情が生まれる旅となった。それはどんなに豪華なホテルや食事でも私の心にもたらすことはできない。
自らも国際結婚し、日本を離れた身として、改めて「外国で暮らし、そこで身を埋めるということ」について考えた。
楽しいことだけではなく、苦労も多い海外生活。しかし、それをハッピーなものにするか否かは、今も昔も「自分が生きると決めた場所で精いっぱい生きること」なのかもしれない。
6月18日は、ブラジル政府が制定する「日本移民の日」だった。
母国を並々ならぬ決意で離れ、苦難を乗り越えてブラジルの発展に貢献し、家族を守り続けた先人そして、今もブラジルで生き続ける日系人の皆さんに敬意を表したい。
Written マットン美貴子(エクアドル)